「ランチェスター戦略」というマーケティングの戦略理論があります。名前は聞いたことがなくても、中身を知ると「あの事業やブランドも同じ戦略だ」と気づくかもしれません。実は多くの企業が取り入れているといわれるこのランチェスター戦略について、基本的な考え方や実践方法をご紹介します。
ランチェスター戦略とは
マーケティングで用いられる「ランチェスター戦略」とは、市場競争で競合に勝つための戦略理論の1つで、新規事業を実際に市場展開させていく際に、非常に参考になる考え方だといわれています。
ランチェスター戦略は、第一次世界大戦時、イギリスのフレデリック・ランチェスター氏が提唱した戦闘法則「ランチェスターの法則」がベースとなっています。この法則が後に軍事戦略モデルとして改良され、戦後になって日本人コンサルタントの田岡信夫氏が販売戦略としてビジネスに応用。高度成長期以降、実践的なマーケティング理論として広く活用されるようになりました。
原点である「ランチェスターの法則」とは
「ランチェスターの法則」は、戦闘員の減少度合いを数理モデルにもとづいて記述した法則で、「第一法則(接近戦・局所戦)」と「第二法則(広域戦)」の2種類に分かれます。詳しく理解するには数理知識が必要ですが、ここでは概要をご紹介します。
◆ ランチェスターの第一法則
ランチェスターの第一法則は、剣や弓矢などの武器で戦う古典的な戦闘に適応されます。この場合は一騎打ちが基本となるため、必然的に戦闘範囲は接近戦・局所戦となります。
この第一法則では、軍の戦闘力は【戦闘員数×武器能力】で表されます。例えば同じ武器を持つA軍5名とB軍3名が戦った場合、両軍の戦闘力を数式で表すと、
A軍 戦闘員5名×武器能力1=戦闘力5
B軍 戦闘員3名×武器能力1=戦闘力3
となり、戦闘力は戦闘員数の数に比例します。そのため、人数で勝るA軍が勝利することが分かります。
◆ ランチェスターの第二法則
第二法則は、小銃やマシンガンといった兵器を利用した、第一法則よりも広域での近代戦に適応されます。
第二法則では戦闘員の数は二乗で計算され、戦闘力は【戦闘員数の二乗×武器能力】となります。先ほどの例を第二法則で考えると、
A軍 戦闘員5名の2乗×武器能力1=戦闘力25
B軍 戦闘員3名の2乗×武器能力1=戦闘力9
となり、A軍とB軍の差はさらに広がることになります。
弱者と強者で戦略理論を使い分ける
この法則を戦略理論として考える場合、第一法則は「弱者の戦略理論」、第二法則は「強者の戦略理論」といわれます。
◆ 第一法則が弱者の戦略理論である理由
先ほどの説明では、第一、第二いずれの法則も戦闘員数の少ないB軍が負けてしまいますが、それでも第一法則が「弱者の戦略理論」と呼ばれるには理由があります。ポイントは、先ほどの例では“同じ武器を使った場合”に戦闘員数の少ないB軍が負けている、という点です。これが、“B軍の武器能力がA軍よりも高い場合”になると、次のように変化します。
A軍 戦闘員5名×武器能力1=戦闘力5
B軍 戦闘員3名×武器能力2=戦闘力6
人数では負けていても、武器能力が勝っていれば勝つことができる。これが、第一法則が「弱者の戦略理論」といわれる理由です。
◆ 第二法則が強者の戦略理論である理由
第二法則が「強者の戦略理論」と呼ばれる理由はシンプルで、戦闘員数の差がもたらす影響が大きいため、たとえ武器能力をあげても大軍であるA軍を相手にB軍が勝つのは困難になるからです。
A軍 戦闘員5名の2乗×武器能力1=戦闘力25
B軍 戦闘員3名の2乗×武器能力2=戦闘力18
逆に強者であるA軍としては、人数で勝っているなら広域戦に持ち込んだ方が、戦闘員の消耗を減らすことができるといえます。
この考え方に基づくと、大企業が「強者」で、中小企業は「弱者」に当てはまるように見えます。しかし、市場で「強者」か「弱者」を決定づけるのはシェア率です。次に解説します。
マーケットシェア理論とは
ランチェスター戦略を元に考案された理論として、「マーケットシェア理論」があります。
「マーケットシェア理論」とは、市場における地位をマーケットシェア(市場占有率、占拠率)によって判断するというものです。そのシェアを示す具体的な指針とされるのが「7つのシンボル目標値(クープマン目標値)」と呼ばれるもので、これはランチェスターの法則に基づいた戦略理論をコンサルタントの田岡信夫氏と社会統計学者の斧田太公望氏が解析し、そこから導き出された数値です。
ランチェスター戦略は市場競争に勝つための理論なので、市場における現在の地位や狙うべき目標を判断するためにも、以下の目標値は非常に参考になるといわれています。
◆ 「7つのシンボル目標値(クープマン目標値)」
シェア73.9%…独占市場シェア(上限目標値)
シェアを独占できているとされる上限値です。2位以下に脅かされる可能性は低いですが、異業種の参入や技術革新などで市場そのものの価値が下がる危険性があるため、絶対安定とはいい切れません。
シェア41.7%…相対的安定シェア(安定目標値)
首位独占を狙う多くの企業が目標とする数値です。このシェアを獲得できれば地位はかなり安定するといわれています。
シェア26.1%…市場影響シェア(下限目標値)
業界トップを取るために、最低でも獲得しておきたいといわれている数値です。これを下回ると1位であっても安定しない、境目の数値です。
シェア19.3%…並列的上位シェア(上位目標値)
弱者がまず狙っていく目標値がここになると考えられています。多くの市場では、これだけシェアを獲得できれば上位3位には入れるといわれています。ただし順位の入れ替わりが激しく、どの企業も安定的な地位を確立できていない状態です。
シェア10.9%…市場的認知シェア(影響目標値)
顧客や競合他社から認識されていることを示す目安数値です。ここを獲得できて、初めて市場争いに参戦できると考えられます。この目標値を下回っている場合は、顧客や競合他社からほとんど名を知られていない段階だといわれます。
シェア6.8%…市場的存在シェア(存在目標値)
市場に存在を認められていますが、市場に対しての影響力はほとんどありません。シェアが6.8%を切る時点で市場からの撤退を決断する企業もあるため、市場で生き残るためには最低限確保すべきシェアであるといわれます。
シェア2.8%…市場橋頭堡(きょうとうほ)シェア(拠点目標値)
市場参入への足掛かりができた状態で、市場内での競争に加わるのはまだこれからのフェーズです。新規参入の場合は、まずこの数値を目標にするのが一般的とされています。
ランチェスター戦略、3つの鉄則
ここからは、実際にランチェスター戦略に基づいてマーケティングを考えていく際にどんな点がポイントになるのか、どんなメリットがあるのかを具体的に見ていきます。まず、ランチェスター戦略には以下の3つの鉄則があります。
◆ 鉄則1:ナンバーワンを狙う
ランチェスター戦略には強者の戦略と弱者の戦略がありますが、ここで言う強者とはナンバーワンの企業で、それ以下はすべて弱者とみなします。さらに言えば、ただ1位であるだけでなく圧倒的1位、つまり先ほどの目標値の「相対的安定シェア(安定目標値)」以上を獲得できることが、ランチェスター戦略におけるナンバーワンです。ランチェスター戦略では、市場においていかにこのナンバーワンを獲るか・守るかというのが最終目標になります。
◆ 鉄則2:一点集中主義
ナンバーワンを狙うためには、広域で戦うよりも絞られた範囲で限定的に戦うほうが高効率だと考えられています。いきなり日本一は狙えなくても、エリアにおいてならナンバーワンを狙える可能性が高くなります。そのためランチェスター戦略では、自分が強みを持つ得意分野を見つけ出し、そこに「一点集中」することを重視します。絞り込む領域は、商品カテゴリ、販売地域、客層など何でもよく、自社がトップに立てる特定領域を見つけ出すことが重要な点だといわれています。
◆ 鉄則3:ワンランク下の敵から奪う
自社がナンバーワンになるために、どこからシェアを奪うかについて、ランチェスター戦略では、自分より上位の敵からシェアを奪うのではなく、ワンランク下の敵から奪います。自分たちよりも強い敵と闘って体力を消耗するより、弱い相手と戦って、下位との差をさらに広げることを重視します。
ランチェスター戦略を取り入れるメリット
市場でナンバーワンを狙うことを目標とするランチェスター戦略ですが、この戦略は大企業より特に中小企業にとって有利だとされています。
◆ 弱者でも強者に勝てる
第一法則で見たように、ランチェスター戦略では、たとえ戦闘員数で劣っていても武器能力が高ければ弱者でも勝つ可能性があると考えます。マーケティングに当てはめると、戦闘員数は企業規模や店舗数などの資本、武器能力は商品やブランド力です。市場を絞り込み、強みに特化することで、中小企業やスタートアップ企業でも、ナンバーワンを狙えるといわれています。
◆ 取るべき策が明確になる
3つの鉄則として説明したように、ランチェスター戦略では「ナンバーワンを狙う」「そのために一点集中する」「上位より下位からシェアを奪う」と明確な戦略の方向性が示されています。それに従って具体的な策を検討するため、戦略立案における迷いが生じることなく、スムーズに戦略を実行できるといわれています。
◆ ただし“絶対”ではない
ランチェスター戦略は非常に有用な戦略ではありますが、もちろんこれだけで必ずしもナンバーワンを獲得できるわけではありません。自社の商品やサービス特性、市場の現状や将来性などとマッチするかを考え、考え方を適度に取り入れていくことが大切です。そのためにも、先に解説した「7つのシンボル目標値(クープマン目標値)」を参考にしながら、まずは市場における自社の立場を明確にし、弱者と強者をしっかり把握することが大切だといわれています。
ランチェスター戦略の4つの実務体系
ランチェスター戦略を具体的に実務に取り入れていく際、どういった使い方ができるのか。ここでは4つの実務体系に分けてご説明します。
◆ 1.地域戦略
地域戦略とは、営業地域を細分化して限定することで、シェアナンバーワンが取れる地域をつくることです。全国的には知名度は高くないけれど、その地域では絶大な支持を得ている。そんなポジションを築くには、地域特性やカルチャー、世帯数などをしっかり調査し、自社の商品・サービスとの親和性を検証したうえで、地域を絞り込んでいくことが重要になると考えられています。
◆ 2.流通戦略
流通戦略とは、販売チャネルをコントロールし、シェアを広げていくことです。例えばインターネット販売に特化する、BtoBに限定するなど、特定の流通に絞り込んで販売を行います。
◆ 3.営業戦略
営業戦略とは、営業チームの体制や営業方法、訪問頻度などを見直し、最適な体制を整えていくことです。営業の量や質の両方を見極めながら、営業全体をマネジメントしていきます。
◆ 4.市場参入戦略
市場参入戦略は、市場に参入するタイミングや開発する新製品などを検討する、経営やマーケティング分野における戦略です。狙いたい市場の現状や、そこにおける自社のポジション、投入する製品の強みなどを見極め、市場参入への準備を整えていきます。
実践! ランチェスター戦略3つのステップ
ランチェスター戦略の実践手順をみていきます。ここでは3つのステップで解説します。
◆ ステップ1.マーケティング環境の分析
まずは戦うべき環境を知る必要があります。マーケティング環境の調査・分析には、下記のSWOT分析をはじめさまざまなフレームワークが活用できるので、それらを用いて自社の立ち位置や強みを明確に把握することが大切だといわれています。
- 自社の環境を把握し戦略に役立てる「SWOT(スウォット)分析」
SWOT分析は、自社の置かれた状況や市場や競合の状況を明らかにして、経営戦略を考えるためのフレームワークです。Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4つの項目から要素を洗い出し、内部環境と外部環境と照らし合わせながら戦略を練っていきます。
◆ ステップ2.優位に立てる市場を見つける
SWOT分析などによって自社を取り巻く環境を把握したら、自社の強みが発揮できる市場を探します。あまりに大きすぎるナンバーワンがすでに存在する市場は勝てる見込みが少ないので、先に紹介した「一点集中(特定領域に範囲を絞り込む)」や「ワンランク下の敵から奪う(シェアを奪える弱い相手を探す)」といった鉄則を踏まえながら、自社がナンバーワンを狙える市場を見つけ出すとよいといわれています。
◆ ステップ3.優位性を活かしたブランディングを考える
ナンバーワンを狙える強みと市場が見つかったら、優位性を最大限にアピールできるブランディングを考えます。近年、「高級○○専門店」など1つの商品に特化した小型店舗が急増しましたが、これらは典型的なランチェスター戦略によるブランディングの1つだと考えられています。「○○専門店」と言い切る限定的な店名や、こだわりを全面に感じさせる店構えなど、あえてニッチさをアピールすることで、そのブランドが何に特化しているかを明確に伝えています。
- 市場におけるポジションを踏まえたブランディングを
どういったブランディングが適しているかは、市場の中のどの立ち位置からナンバーワンを狙うか、といったポジショニングを把握することも大切です。顧客が抱くイメージや価値観をタテヨコの軸に設定してポジションを検討する「ポジショニングマップ」を活用すると、市場における自社のブランドイメージを明確にしやすくなるといわれています。たとえば服飾ブランド(仮想)の場合、高級路線か大衆路線か、デザイン重視か機能重視か、などの軸を決めて、自社と競合を配置していきます。
新規事業にこそ、ランチェスター戦略の視点を
これから新たに市場へ参入する新規事業開発では、自分たちは「弱者」だといえます。だからこそ、ランチェスター戦略の考え方を大いに活かすことができるといわれています。
とりわけ新規事業開発においては、
・資本力や規模で競合に負けない限定的な市場であるか
・ナンバーワンになるだけのシェアが確保できるか
・競合と明確に差別化できる強みがあるか
といったランチェスター戦略の視点が重要になると考えられています。逆に言えば、こうしたポイントを確実に押さえていくことで、新規事業でも特定の市場でナンバーワンを獲れる可能性が高まるといえます。
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