将来への不確実性が高まるVUCAの時代。企業や組織に求められるリーダーシップの在り方が、以前とは変化しはじめています。これからの時代に求められる素質やスキル、そして心構えとは、一体どういったものなのでしょうか。リーダーに限らず、私たち一人一人が備えておきたい力とあわせて考えていきます。
先行きが不透明な「VUCAの時代」
「VUCA」とはVolatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雜性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、それぞれの言葉からもわかる通り「変化が激しく先行きが不透明で、未来の予測が困難な状態」を指します。
ITをはじめとするテクノロジーの急速な発展や、グローバル化に伴う価値観の変化、世界的な気候変動、そして新型コロナウイルスの流行。これらの影響により、近年、私たちの暮らしや働き方は大きく変化し続けています。これまでスタンダードだった終身雇用制度はもはや就労の前提ではなくなり、DXによって働く場所や時間も多様になりました。業界の常識を覆すサービスやビジネスモデルが次々と生まれ、パンデミックを機に企業や事業の存在意義も改めて問われています。私たちは今まさに、VUCAの時代にいるのです。
VUCAの時代に適応するのは、自律性のある人材
こうした時代において、企業や組織の中心である「人材」はどう在るべきでしょうか。
変化のスピードが速い状況下では、ただ指示を待ち、言われたことをやるだけでは適応しきれません。自ら現状を判断し、方向性や具体策を決定し、行動へと移せる自律性のある人材が、これからはますます求められていくと考えられます。
◆ 自律性を高める意思決定のフレームワーク「OODA(ウーダ)ループ」
そうした自律性を高めるために、「OODAループ」と呼ばれる思考法が注目を集めています。これは戦闘パイロットの思考・行動パターンを分析することで考案された、以下の4つのプロセスから成るフレームワークです。
- Observe(観察)
市場や顧客、社会の変化をしっかり観察し、客観的な情報やデータを集める。
- Orient(状況判断)
集めた情報を分析し、今後進むべき方向性を定める。
- Decide(意思決定)
方向性に沿って具体的なアクションを考え、最良と思われる策を選択する。
- Act(実行)
選択したアクションを実行する。
このプロセスを繰り返すことで、迅速な意思決定や判断力を身につけ、的確な行動を促していくことがOODAループの狙いです。
VUCAの時代に必要なリーダーシップとは
不確実なことが多いVUCAの時代だからこそ、人材を考える中でもとりわけ、組織やチームを的確に動かすことのできる「リーダーシップ」の在り方が注目されています。これからのリーダーシップとして、どういった素質やスキルが必要でしょうか。ここでは主に4つのポイントから考えていきます。
◆ 主体的にビジョンを描く
先の見えづらいVUCAの時代では、実現したい未来や事業の目的、出すべき成果を、具体的かつ主体的に描くことが何より重要になります。向かうべき方向性が見えないと、チームのメンバーがついてこられないのはもちろん、自分自身の判断にも揺らぎが生じてしまいがちです。「自分はどういった未来を作りたいのか」と、主体的かつ具体的に考えることが求められます。
そしてOODAループのプロセスからもわかるように、的確な方向付けをするには、情報収集と分析が欠かせません。目の前のものごとに対する深い洞察力や、そこから未来をつなげて考える想像力は、ビジョン構想のベースとなります。
◆ メンバーのやる気を引き出す
リーダーはビジョンを描くだけでなく、実際にそこに向かって進んでいけるよう、メンバーを動機付けして動かす役割も担っています。どういった働きかけをすれば相手の気持ちを動かせるか、能力を活かせるか。一人一人と向き合うコミュニケーション力や、活躍を後押しするサポート力が求められます。
なお、従来の人材マネジメントでは「指示を出して管理する」というイメージが強くありましたが、これからはメンバーの主体性・自主性を重視し、「動機付けをして任せる」というリーダーシップ型の人材マネジメントが必要です。
◆ 決断力と柔軟性のバランスを
VUCAの時代は社会の状況が刻一刻と変化していくため、迅速に物事を判断し、行動した結果をもとに再び判断と行動を繰り返す、スピーディーな挑戦が求められます。その中でも意思決定の質とスピードは、その後の流れを大きく左右します。
数ある選択肢から最適解を選択するには、直感だけではもちろん不十分です。過去の経験や事例、倫理観など、さまざまな判断軸をもとに決断を下します。そして一度選択したものごとは、一定期間集中して取り組み、次の判断につなげます。自分の中に確かな判断軸を持つ一方、うまくいかなかった場合には速やかに軌道修正できる。リーダーには、その決断力と柔軟性のバランス感覚も必要といえます。
VUCAの時代にフィットする3つのリーダータイプ
リーダーシップはいくつかのタイプに分けることができますが、上記に挙げた素質・スキルを踏まえたうえで、VUCAの時代と相性の良いリーダーシップのスタイルをご紹介します。
◆ サーバント・リーダーシップ
サーバント(servant)には「奉仕者」や「使用人」といった意味があります。「リーダーなのに部下に奉仕するの?」と思われるかもしれませんが、ここで言うサーバントとは、組織や個人が目標を実現できるよう的確に支援する、という意味合いです。
強い威厳を持ってメンバーを支配するのではなく、傾聴や共感によって相手を尊重し、メンバーの成長を促していくのがこのスタイル。個人の自律性が重視されるVUCAの時代には、非常に適したリーダーシップです。
◆ オーセンティック・リーダーシップ
オーセンティック(authentic)は、嘘・偽りのない本物であることを意味します。オーセンティック・リーダーシップは「自分らしいリーダーシップ」と表現されることもあり、自らの確固たる信念や価値観、倫理観に基づき、情熱を持って目標に取り組むリーダー像を指します。
常識や固定観念が覆されることの多いVUCAの時代、自分の中に確かな倫理観や社会貢献の視点を持つことはとても重要です。SDGsやESG経営といった視点からも、オーセンティック・リーダーシップは時代を導く不可欠な存在だと言えます。
◆ セキュアベース・リーダーシップ
セキュアベース(secure base)は、直訳すると安全基地のこと。自律性が求められるVUCAの時代ですが、リスクや責任への恐れが強い状態では、個人が意思決定や行動をすることがためらわれるのも無理がありません。人は自分が守られていると安心できるとき、物事に挑戦する意欲とエネルギーを持つことができるもの。セキュアベース・リーダーシップとは、リーダーがメンバーへの思いやりを持ち、自己理解と自己開示を通じて信頼関係を築くことで、挑戦しやすい環境を整えられるリーダーシップを指します。
リーダーシップを身につけるには?
ここまでVUCAの時代に求められる人材やリーダーシップについて考えてきましたが、こうした素質やスキルを実際に身につけるには、知識をインプットするだけでなく仕事におけるさまざまな経験も必要です。その中でも、新規事業の立ち上げを経験することは、リーダーシップを育むために特に有効だと考えられます。
◆新規事業開発のプロセスから、判断力や行動力を養う
新規事業開発は、既存事業や市場の“当たり前”を疑うことから始まります。ビジョンを描き、情報を集め、意思決定とアクションを繰り返して事業を具現化していく。こうした新規事業立ち上げのステップはOODAループのプロセスとも非常に近く、一連の流れを経験することで判断力や行動力を養うことができます。また社内外のさまざまな人たちと協業することで、相手の能力やスキルを活かすための働きかけ方や、信頼関係の築き方も身につきます。
ポイントは、自らが主体となってプロジェクトを主導していくこと。他でもない“自分が”作りたい未来を描き、決められた指示を待つのではなく自ら考え判断し、行動する。そうした経験を実践的に体験することで、VUCAの時代に適応する自律性やリーダーシップが養われていくのです。
◆ リーダーシップは、リーダーだけに必要なものではない
また、ここでご紹介してきた力やリーダーシップは、リーダーポジションの人だけが備えるべきものではありません。繰り返しになりますが、VUCAの時代に必要なのは、一人一人が迅速な意思決定や判断を下し、行動に移していくこと。リーダーシップはリーダーだけが持てばいいと考えず、組織を構成するすべての人を対象とした育成プログラムとして、新規事業開発に挑戦する機会を設けるのも効果的です。
新規事業開発に特化した人材育成プログラム
以上のような考えから、ソニーでは新規事業開発を通じた人材育成を支援するプログラム「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」を提供しています。ソニーが長年培ってきたノウハウや開発環境をベースに、実際に新規事業の企画・立ち上げを支援。VUCAの時代に求められるリーダーシップを養うことも出来る、実践的なプログラムです。
◆ <活用事例紹介> SSAPが、ビジネスモデル全体を俯瞰的に考えるきっかけに
株式会社LIXIL(以下、LIXIL)では、新規ビジネス部門が初の商品を開発するにあたりSSAPの支援をご活用いただきました。SSAPで新規ビジネスに関するレクチャーとワークショップ、プロジェクトの進捗アドバイスを実施し、約1年をかけ、電動オープナーシステム「DOAC」の開発をサポート。プロジェクトを経て、LIXILのマネジメントの方からは次のようなコメントをいただいています。
「普段大きな組織に属しているとビジネス全体を俯瞰して設計する機会はほとんどありません。今回のプロジェクトでは担当者たちが、商品企画だけでなく、事業としてどう発展させていくか等も含めたビジネスモデル全体を考え実行したことは、LIXILとしての人材育成の観点からもとても大切なことだったと考えています」