もともと「弾力性」や「柔軟性」を意味する「レジリエンス(resilience)」は、昨今、危機的な状況・困難な問題などに対する「適応力」「回復力」「復元力」「しなやかな強さ」を指す用語として、目にする機会が多くなりました。ビジネスシーンにおいても、レジリエンスの重要性が指摘されています。新規事業創出に取り組む企業が備えておきたいレジリエンスについて、経営面でのメリットを中心に解説します。
ビジネスにおけるレジリエンスとは
新型コロナウィルス感染症パンデミックや地球温暖化による気候変動、テクノロジーの急速な進歩など、誰もが予期しなかった出来事も含め、ビジネスを取り巻く環境は刻々と変化を続けています。従業員一人一人がこういった危機にうまく対応し、ストレスを感じながらもそれを乗り越えるためにレジリエンスを養うことは重要だと言えます。
◆ 組織レジリエンスとは
レジリエンスは、個人の資質だけではなく組織にとっても非常に重要な要素です。組織がレジリエンスを備えていれば、事業において危機的で困難な状況が発生した際やビジネス環境に変化が生じた場合、それにうまく適応して立て直すことができ、組織の存続・成長が可能になります。このことは、投資家にとっても安心材料となるため、企業評価指標に影響するポイントであると言われています。
レジリエンス経営の必要性
予期せぬ事態に直面しても、それに臨機応変に対応し、進むべき道を見つけ立ち向かっていく力。それが、個人それぞれが持ちたいレジリエンスです。同時に、これからの時代を生き抜いていくには、企業全体でもレジリエンスを備える必要があります。それが「レジリエンス経営」です。
これから新規事業を立ち上げる企業にとっても、レジリエンス経営についての理解を深め、さまざまな課題に立ち向かう力を養うことは、長期にわたって事業を継続していくうえで大きな力になると思われます。
レジリエンス経営を取り入れるメリット
企業が経営にレジリエンスを取り入れるメリットは、多くあります。ここでは、コミュニケーション力の向上、ストレス耐性の強化、目標達成力の向上の3つのポイントに絞って解説していきます。
◆ 挑戦する文化の創出
レジリエンスの高い組織では、職務上の階級や部署を超えたコミュニケーションが活発で、挑戦することが奨励される風土があるとされています。失敗を恐れて挑戦を避ける組織ではなく、挑戦したこと自体を評価する。成功も失敗もその原因やプロセスを全員が共有し、次の挑戦へとつなげていくことができる。このような組織づくりは、レジリエンス経営の大きなメリットのひとつです。
◆ ストレス耐性の強化
仕事の質や量の問題、仕事での失敗、対人関係での悩みなどがストレスになり、精神疲労で長期的に落ち込んでしまうビジネスパーソンは少なくありません。レジリエンスを身につけ、さまざまな困難に対してしなやかに対応できるようになることは、従業員の健康的な精神状態の維持にも大きな貢献が期待できます。
◆ 目標達成力の向上
レジリエンスが企業に必要な理由の3つ目は、目標達成の力が高まることです。日本人は自己肯定感が低く、自分の力や思いに自信を持ちにくいため、ビジネスシーンで目標を定めたり成長したりすることを避ける人が多いと言われています。しかし、レジリエンスを身につけた人なら、ビジネスシーンで直面する予想できない危機や変化に対応しながら、目標達成に向けた挑戦を自らの成長の機会ととらえることができます。
レジリエンスが高い組織の特徴
レジリエンスが高い組織は逆境に強く、環境の変化に柔軟に対応することができます。以下に、そういった組織の特徴を3つあげます。
◆ 失敗を許容し、何度も挑戦できる
従業員が失敗を恐れて新しい試みを避ける傾向にある組織では、長期的な成長が見込みづらくなります。果敢に挑戦することが奨励されていて、たとえ失敗しても挑戦したことが評価されるような組織はレジリエンスが高い組織だといえます。挑戦の結果得られた成功体験や失敗体験から教訓を学び取り、組織内で共有する仕組みや習慣があることも必要な条件です。
◆ 役職を超えたコミュニケーションがしやすい
職務上の階級や部署を超えたコミュニケーションが活発になされていることも、レジリエンスが高い組織の特徴です。部下が率直に上司に意見を述べ、それを上司も真摯に受け止め、相互に意見交換ができる組織は、ビジネス環境の変化にも柔軟な対応ができ、解決策が講じやすいと言えます。
◆ 問題が起きたときに一丸となって対処できる
長期にわたり事業活動を推進していれば、さまざまな問題と直面することは避けられません。何か問題が起きたときに、責任のなすりつけあいをするのではなく、組織の問題として受け止め、全員一丸となって対応できることが、レジリエンスが高い組織の特徴です。
組織のレジリエンスを高めるために
レジリエンスを高めるために、組織がおこなうべきこととは何でしょうか。人材育成面と組織づくり面の両方から考えます。
◆ 人材育成面
レジリエンスのある従業員、およびその上に立つリーダーを育てるためのポイントを解説します。
- 困難な経験をプラスに「立ち直りのメカニズム」
レジリエンスを身につけるために、困難に直面して落ち込んでから立ち直るまでの心の動きを知っておくことはとても重要です。欧州におけるポジティブ心理学の第一人者、イローナ・ボニウェル博士はレジリエンスによる心の回復を3つのステージに分けて解説しています。
●第1ステージ:底打ち
困難に直面し、外部からの強いストレスにさらされると、人は不安や憂鬱、怒りといったネガティブな感情に陥ります。その後、このネガティブな感情が許容範囲を超えたとき、そこから抜け出そうとする意識がレジリエンスにより生まれます。この現象が、第1ステージの「底打ち」です。
●第2ステージ:立ち直り
いったん底打ちした感情は、なんとか元の状態に戻ろうとしていきます。これが第2ステージの「立ち直り」です。この段階では自己効力感や自尊感情、周囲からのサポートも大きな役割を果たします。
●第3ステ-ジ:教訓化
困難から脱して心理状態を回復した体験は、次の困難への教訓へとつながります。これが、第3ステージの「教訓化」です。過去の体験を振り返って、ポジティブな思考で立ち直った記憶や助けとなった周囲への感謝を感じる段階でもあります。
これら3つのステージの繰り返しによって、人は精神的回復力、つまりレジリエンスを高めていくとされています。
- 失敗の事後検証をすることの大切さ
イローナ・ボニウェル博士が分類した3つのステージのうち、第3の「教訓化」では、不測の事態に直面した経験を今後へと生かしていくことの大切さが指摘されています。これを効果的におこなうためには、失敗を事後検証し、その結果をフィードバックしたうえでメンバーに共有していくことが大切です。企業文化としてそのような取り組みを繰り返すことによるナレッジの蓄積が、組織のレジリエンス向上につながります。
- 従業員のレジリエンスを強化するには
レジリエンスの有無は先天的な能力だけではありません。誰でも、今日から高めていくことができます。レジリエンスの向上は、従業員一人一人がパフォーマンスを改善するためだけでなく、新規事業創出など新たな視点・取り組みが必要とされるシーンでも有効で、個人も組織も実践する価値があるといわれています。職場で定期的な研修を導入することも有効です。以下に、従業員のレジリエンス強化のためのポイントをご紹介します。
●自分を知る
まずは自分を客観的に認識し、理解することからはじめてみてください。強みや弱み、感情や思考のパターン、自らが目指す目標を明確にすることで、困難な状況に直面しても、目の前の状況に振り回されたり、感情のコントロールを失って不安やネガティブな気持ちに飲み込まれたりすることを抑えられます。
●自分を信じる
困難な事態に背中を向けて逃げ出すのではなく、まずは事実をありのままに受け入れてみてください。そして「自分は状況を変えられる」というポジティブな気持ちで行動を起こします。もし思い通りの結果が得られなくてもきちんと振り返り、自己成長の糧を見出すのも大切です。その積み重ねがレジリエンスの向上につながります。
●視野を広げる
ネガティブな思考に囚われているときは、自分の視野が狭くなっているかもしれません。長期的かつ多様な視点から状況を見れば、トラブルやストレスにうまく対処できる方法が見つかりやすくなり、レジリエンスの特徴である“しなやかな強さ”につながるでしょう。
●周囲の環境を整える
一人では対応しきれない大きな困難やトラブルを乗り切るには、頼れる仲間の存在も重要です。普段から周囲の人々と良好な関係を築き、協力し合える信頼関係を維持することも、レジリエンス向上の大切な要素のひとつです。
◆ 組織づくり面
レジリエンス経営を進めるにあたっては、従業員への働きかけだけでなく組織づくりにも大きな重点が置かれます。そのポイントについて解説します。
- 環境への調和「変化への適応力」
これまでの成功体験にしばられ現状維持に執着するのではなく、ビジネス環境や市場の変化をしっかりと捉え、柔軟に対応して周囲の環境に適応していくことがレジリエンスの強化につながると考えられます。
- 経験知を共有知にする「場づくり」
不測の事態に直面した経験を、今後へと生かしていくためには、一人一人の経験を分析して事後検証し、その結果をフィードバックすることでメンバーに共有していくことが大切です。「従業員の経験知」を「組織の共有知」として蓄積していくために、具体的に実行できるツールや仕組みなどの「場」を組織として設けることが求められます。
- 想定外を想定する「シナリオプランニング」
組織のレジリエンスを高める手法のひとつが、「シナリオプランニング」です。これは、自分たちをとりまく環境を長期的に捉え、今後起こりうる未来の出来事をいくつか想定して、その対処方法を準備しておく(シナリオを書く)という経営戦略手法です。将来起こりうる事態へのシナリオをあらかじめ準備しておくことで、実際に起こった危機に対しても迅速な対応をとることができます。
- 組織のブランド・独自性を高める
その組織に他社と差別化されたブランドや独自性があれば、たとえ急激な環境変化が起きたとしても存続しやすいといわれています。長年愛され続けてきた製品やサービスは、環境の変化に対しても、少し姿や形を変えることで存在できる可能性が高いからです。組織が高いブランド力や独自性、技術力を持つことができれば、時代の急変にも対応できるレジリエンスの強い組織づくりにつながると考えられます。
- 現場が主役の組織づくり
ビジネスを取り巻く環境が高度化・複雑化するなかでは、意思決定の遅れが致命的な失敗につながるケースもあります。特に日本の大企業では職務上の階級が何層にも分かれており、意思決定のスピード感に欠けるという指摘もされています。逆に、現場にある程度の裁量を持たせ、従業員一人一人が責任を持って業務に取り組んでいる組織はすばやい行動が可能になります。「現場が主役の組織づくり」を進めることは、レジリエンスを高める効果的な手法のひとつといえます。
- 人とつながりのある組織「エンゲージメントの向上」
組織におけるエンゲージメントとは、組織と従業員の間で互いに信頼関係があり、絆を感じあえている状態のことを指します。そのためには、企業理念が従業員に浸透し、組織の方向性に従業員が共感していることが求められます。組織エンゲージメントが高いレジリエントな組織であれば、困難に直面したときもチームワークを発揮して一丸となった対応ができるでしょう。
困難がつきものの新規事業開発にこそ、レジリエンスの高い組織が重要
変化の激しい現代に企業が適応し生き残っていくための方法の1つが、時代のニーズを捉えた新規事業の創出です。しかし新たな挑戦には、苦難がつきものです。さまざまな困難やストレスフルな状況にうまく適応し、そこからさらに事業を推進する力を得るためにもレジリエントな組織づくりは、ますます重要性を増していると言えます。
◆ SSAPの組織開発支援
一人一人の従業員が各自の能力をいかんなく発揮し、互いの力を補完し合って事業成長を生み出せる組織づくりを目的とする「組織開発」は、従業員・チームのレジリエンス向上にもつながります。Sony Startup Acceleration Program(SSAP)の組織開発支援は、新規事業創出のための組織・体制整備のアドバイス、スキルアップ研修はもちろん、従業員が楽しみながら事業アイデア創出に挑戦できる参加型のプログラムを提供することで、企業の文化・風土をレジリエントなものへと変革していくサポートをしています。