企業や組織を運営していく過程は、意思決定の連続です。意思決定のスタイルには「トップダウン」と「ボトムアップ」があり、それぞれのメリット・デメリットを理解したうえで使い分けると、さまざまな経営課題に対して臨機応変な対応につながりやすくなります。
意思決定の型「トップダウン」「ボトムアップ」とは
最初に「トップダウン」と「ボトムアップ」の意味と両者の違いについて、ご説明します。
◆ トップダウンとボトムアップの違い
トップダウンは組織の上層部が立案し、下層部に伝えて、実行していくスタイルです。一方、ボトムアップは組織の下層部が立案し、これを上層部が検討・承認した後、実行していくスタイルです。立案する立場は異なりますが、いずれも最終的な決断を下すのはトップであることに変わりはありません。
◆ トップダウンとは
企業の上層部が事業のテーマを立案し、最適と思われる部署やチームリーダーを指名して、事業計画の策定・実行を指示します。従来から広く行われている手法で、大企業や歴史のある企業の意思決定に多く、社内に混乱が生まれにくい安定した手法といわれています。
◆ ボトムアップとは
現場などで働く企業の下層部の有志がチームを組むか単独で上層部に事業を提案するものです。社内のアイデア公募などを通じて、上層部に提案するものも含みます。なかでも新規事業開発においては、上層部のアイデアだけでは時代の変化や多様な価値観に応える新規事業を生み出すのに十分ではないことがあるため、ボトムアップの手法が注目されているようです。
トップダウン・ボトムアップそれぞれのメリット、デメリットを解説
トップダウンにもボトムアップにも、メリットとデメリットがあります。
◆ トップダウンのメリット
- すばやく実行に移しやすい
トップを中心にした限られた人数でアイデアを出すため、方針がまとまりやすく、意思決定から実行までの時間が短く済みます。承認する過程が必要ないので工程数も少なく、実行面でも「上意下達」のかたちをとるため、通常の指示系統を活用することにより、スピーディーに着手することができます。
- 大きな変化を起こしやすい
トップや上層部の判断で行い指示を出すため、社員が同じ方向を向きやすい、社内のさまざまな部署の協力を得やすい、組織が一体化しやすいなどの特徴があります。そのため、全社を挙げて取り組む必要のある事業や、今後の経営戦略にも影響を及ぼしそうな新規事業などを進める場合は、強力なリーダーシップを発揮できるトップダウンが向いているといわれます。
◆ トップダウンのデメリット
- ワンマン経営に陥る可能性
トップがリーダーシップを発揮して強力に推し進めるため、部下は反対意見や悪い情報を伝えづらくなり、トップが独断に走りやすいとされています。とくにオーナー経営者にこのリスクがあると考えられ、気付いたときには耳に心地いい情報しか上がってこない状態になるかもしれません。ワンマン経営が続くと経営者の個人的な力量に頼りがちになり、世代交代を機に組織の安定性が揺らぐ可能性もあります。
- チームの創造性低下の恐れ
下層部の社員は自ら考える機会を与えられることが少なく、上層部から下りてきた指示に従うことになるため、徐々に自主性や創造性が失われていく恐れがあります。また、指示の内容が現場の事情に即していない、仕事に過重な負担がかかるなど、下層部に不満を与える内容だと、組織全体のモチベーションが下がる可能性があります。
◆ ボトムアップのメリット
- 現場の意見が反映されやすい
普段から現場で働く社員が発案するため、現場での課題を具体的に解決・改善するアイデアの提案や、顧客のニーズに近い商品・サービスが生まれやすくなります。そのため、市場の動向をいち早く捉えた新規事業を発案できる可能性があります。
- 創造性を発揮しやすい
上層部より多人数でアイデアを出し合うことが多いため、新入社員・外国人人材・高齢者・障がい者など多様な人材がいる現場なら、多様なアイデアが生まれやすく、イノベーションにつながりやすいとされています。また、上層部が現場の意見を聞く姿勢を見せることで現場のモチベーションが向上し、一人ひとりの従業員が普段から自社の未来を考え、前向きに取り組む風土が醸成されやすくなります。
◆ ボトムアップのデメリット
- 意思決定までに時間がかかりやすい
アイデア出しの段階で多様な人材から意見を募ることが多いため、上層部へ提案する前に何度も話し合い、ひとつにまとめていく必要があります。なかには荒唐無稽なアイデアが出て来る可能性もあるため、「それは当社の未来に必要な事業なのか」「本当に実現可能なのか」など吟味し、議論する時間も必要です。全体にトップダウンよりも工程数が多いこともあり、時間がかかりがちです。
- 思い切った策が取りづらい
現場を主体とした発想のため、それぞれの現場に限定された事業アイデアが多くなりがちで、全社的な改革や多くの部署が連携する事業アイデアは出づらい傾向があります。また、事業が動き出した後もチームリーダーがトップ以上の発信力を持つことは難しく、上層部・下層部や他部署との調整がつねに必要となり、大胆な動きがしづらいといわれています。
◆ メリット・デメリットの比較
トップダウンとボトムアップのメリット・デメリットを以下にまとめました。
トップダウン・ボトムアップを行うときのポイント
トップダウンやボトムアップを実施する際のポイントは何なのでしょうか。ここでは新規事業を立ち上げる場合も想定して、ご紹介します。
◆ トップダウンが適しているケース
トップが創業社長である場合、現場を熟知したうえでビジネスプランを練るため、方向性を間違えにくいといわれています。同様に、創業間もないスタートアップ企業やベンチャー企業もトップダウンに向いています。
業界別に見るなら、生産性を追求する製造業、外食産業やチェーンストアなど画一化された商品・サービスで事業拡大を目指す業種に、トップダウンが向いているといわれます。
また、事業が急成長しているときやビジネスモデルの変革時期、災害や紛争などの外的要因で経営環境が激変しているときは、トップの確固たる意思表示のもと、全社一丸となって変化に対応することが求められるため、トップダウンが望ましいといえます。
◆ トップダウンを行うときのポイント
トップダウンの成否は、経営者の手腕に大きく左右されます。とりわけトップがこまめに現場に足を運び、下層部の意見を吸い上げる体制が望ましく、周囲の意見をよく聞き、状況に応じて取り入れる姿勢があることが重要だといわれています。反対意見を受け入れない姿勢を続けると、周囲にはイエスマンだけが残り、方向性を間違えたときに指摘してくれる人材がいなくなる恐れがあります。さらにトップは「この事業により自社はどのように成長できるのか」を社員に発信し続け、社員のモチベーションを引き上げることが理想です。
また、事業が拡大するにつれ、判断事項が加速度的に増えていき、トップのキャパシティを超えるケースもあります。こうした機能不全の事態にならないよう、早めに事業別に権限を委譲し、ある程度判断を任せることも必要だといわれています。
◆ ボトムアップが適しているケース
幅広く事業展開している企業や、専門性が高く、現場での判断が多い企業はボトムアップが向いているとされています。前述のとおり、事業が多角化すれば経営者ひとりの判断が間に合わなくなり、事業のボトルネックとなる可能性があるためです。また、クリエイティブな事業や下層部のスタッフの能力が高い企業、イノベーションを起こしたいと考えている企業も、ボトムアップに向いていると考えられます。
次世代の経営人材を育成したい企業の場合も、有望な人材にボトムアップを経験させることで経営的視点が身につきやすいとされています。
◆ ボトムアップを行うときのポイント
いくら優秀なチームメンバーを集めても、単純に新規事業のアイデアを求めるだけでは案がまとまらず、時間ばかりを空費しがちです。こうした事態を避けるために、ボトムアップの際は特に優秀なチームリーダーを選定し、リーダーのもとでアイデアをブラッシュアップしていくよう誘導することをお勧めします。また、上層部はリーダーと適宜コミュニケーションをとり、新規事業計画を策定するために必要な高いレベルの情報を提供することもひとつの方法だと考えられます。
さらに、チームメンバーが成長するための教育体系や研修制度を導入・整備する他、視野を広げ、会社全体を俯瞰できるように他部署と幅広く交流できる機会を設けることもお勧めします。
両者を組み合わせた「トップダウンデモクラシー」
「トップダウン」と「ボトムアップ」にはそれぞれメリット・デメリットがあり、どちらかが優れているというものではありません。トップダウンとボトムアップを組み合わせた手法も存在し、「トップダウンデモクラシー」と呼ばれています。
◆ トップダウンデモクラシーの一般的な進め方
まず、上層部が解決したい課題などを挙げ、下層部に課題の解決策の提案を依頼します。下層部は解決策を検討し、その過程で気づいた意見やアイデアを上層部に伝えます。最終的に、上層部が下層部から上がってきた意見をとりまとめ、判断を下します。
それぞれに良さがあるため、自社の状況でバランスを取る
意思決定を「トップダウン」にするのか、「ボトムアップ」にするのか、それとも「トップダウンデモクラシー」にするのか、ひとつの手法に固定する必要はないと考えられます。ビジネスシーンには次々に課題が生まれるため、意思決定の判断は業界や自社・競合先の状況、求められる対応スピードなどにより都度使い分けるのが理想的といえます。
目標に到達するには優れた意思決定の仕組みが必要
企業がある目標を達成するまでの過程は、意思決定の連続であり、状況に応じた意思決定スタイルの選択が必要とされています。最後に、新規事業を生み出しやすい組織と意思決定について、説明します。
◆ 新規事業を生み出す組織に合った意思決定スタイル
組織の中から新規事業を立ち上げるための発案をしたり、新しいビジネスモデルを構築するためには、チャレンジしやすい環境づくりが重要です。そのためには、誰でも意見を言いやすく、新しいアイデアを否定されない、風通しのいい企業風土が望ましいといえます。風通しをよくするためには、上層部と下層部が面談やアンケート調査などを通じた定期的な意見交換を行ったり、他部署や社外との交流の機会を設けて社員一人ひとりの視野を広げたり、経営への参加意識を高めるなどの仕組みも必要だと考えられます。また、新規事業を提案できる人材が下層部でなかなか育たない場合は、採用計画を見直す必要があるかもしれません。そして、新規事業の成否にかかわらず、「最終的な責任はトップが取る」と社内に明確に示すことが、社員が安心してチャレンジできる環境づくりにつながると期待できます。
◆ SSAPでは貴社の状況に応じた支援策をご提案します
Sony Startup Acceleration Program(SSAP)では、新規事業に関わる豊富な支援経験から貴社の状況に合わせた支援策をご提案します。