新しいことへの挑戦は貴重な学びの機会になる一方で、困難な出来事や失敗はつきものといえます。Sony Startup Acceleration Programが支援する企業内新規事業の創出においても、予想もしなかった課題に直面する場面は少なくありません。このためあらかじめ失敗によるダメージを受け止め、次に進むための力を備えておくことは、新規事業の創出だけでなく、ビジネスのあらゆるシーンで重要です。ここでは、逆境や困難に直面した時に発揮される能力「レジリエンス」について解説します。
レジリエンスとは
レジリエンス(resilience)とは、英語で「弾力性」「柔軟性」を表す言葉。
もともとは物理学分野での概念で、ゴムボールを指で押すと凹み、指を離すと元通りになるような現象・特性を指す言葉です。そこから生態学や心理学の分野において「外からの力にもうまく適応し、再び元に戻れる力」といった意味で使われるようになり、危機的な状況・困難な問題などに対する「適応力」「回復力」「復元力」「しなやかな強さ」を指す用語として使われることも増えています。レジリエンスのある状態を指す形容詞として「レジリエントな」と表現する場合もあるようです。
レジリエンスの心理学的な意味
心理学の分野におけるレジリエンスに関する研究は、1950年代にさかのぼります。ナチス・ドイツが行ったホロコーストによって孤児となった人を対象とした調査・報告で、恐怖心・トラウマなどを乗り越え幸せに暮らしている人にはさまざまな状況にうまく適応して生活する回復力があることがわかり、その力をレジリエンスと呼ぶようになったと言われています。つまり、人がストレスのかかる状況や逆境に直面した際、レジリエンスを備えていればしなやかな強さや回復力を発揮し、素早く立ち直れるということがわかったのです。
大規模な自然災害や世界的な経済問題だけでなく、日々のストレスも増大している現代人にとって、ますます心理学・精神医学におけるレジリエンスの重要性や活用の機会は増していると言えます。
「レジリエンス」と似ている用語
レジリエンスと似た意味の言葉として「ストレス耐性」「メンタルヘルス」「ハーディネス(頑強性)」などが挙げられます。それぞれの用語とレジリエンスにはどのような意味の違いがあるのでしょうか。
◆ ストレス耐性
ストレスを感じた人がストレスに耐えられる“程度”を意味する言葉。ストレス耐性が高いほど、受けたストレスに対する耐久性を持っていると言えます。そもそも、レジリエンスはストレスへの「耐久力」というよりも、ストレスに「うまく対応し、跳ね返し復活する」力を指す用語なので、意味合いが少し異なります。
◆ メンタルヘルス
「心の健康」を意味し、WHO の健康の定義では「身体的、心理的、社会的にもwell-beingな状態であること」としています。また、メンタルヘルスは精神的、心理的な健康の回復や維持、増強にフォーカスするものですが、レジエリエンスでは困難な状況にどう適応し対応するかにフォーカスしている点も、双方の違いとして挙げられます。
◆ハーディネス(頑強性)
「受けたストレスを自力で跳ね返す特性」を意味するハーディネスは、レジリエンスと非常に似た用語として使われる用語です。しかし両者にはニュアンスの違いがあり、ハーディネスはどちらかというと「傷つかない」タフさを表し、レジリエンスは「傷ついても回復する」しなやかな強さを表す用語だと言われています。
レジリエンスが広まったきっかけ
レジリエントまたはレジリエンスという言葉が広く知られるようになったきっかけが、2013年に開催された世界経済フォーラム(ダボス会議)のメインテーマ「レジリエント・ダイナミズム」です。各地域の国力がレジリエンスで評価され、国際競争力とレジリエンスの関係性が示されました。
日本のレジリエンスに注目が集まった事例としては、2011年に発生した東日本大震災が挙げられます。地震や福島第一原子力発電所の事故による被害が発生した直後も、暴動などの混乱はほとんどみられず、復興に目を向けて取り組む日本人の姿は世界からレジリエンスの視点で多くの賞賛を浴びたと言われています。
ビジネスでもレジリエンスが注目されている
ビジネス環境は日々変化しています。とくに近年はテクノロジーの進化、気候変動、パンデミックなどの影響で未来を予測しづらい「VUCA(ブーカ)※1の時代」と呼ばれていて、ビジネスパーソンは予測不能な変化によるストレスに常にさらされている状態だと言えます。実際に厚生労働省の調査(令和2年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況)によると、仕事で強いストレスを感じているという割合は54.2%と、多くの人がストレスに直面しているというデータも存在しています。うまく適応し、心理的・精神的に健やかな状態を保つためにも、レジリエンスは重要な鍵を握っているのです。
激しく変化する現代のビジネス環境では、既存の価値観やビジネスモデルの多くが通用しづらくなってきています。このような不確実さ・複雑さ・曖昧さに満ちた変化の大きい社会情勢は「VUCA」と呼ばれており、組織・人材・ビジネスモデルの刷新に注目が集まっています。
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レジリエンスが必要とされる3つの理由
レジリエンスの向上はなぜ必要なのでしょうか。レジリエンスが求められる理由として3つの理由が考えられます。
◆ ストレスに対処できるようになるため
前述したように、厳しさを増すビジネス環境で大きなストレスを感じているビジネスパーソンは非常に増えています。仕事の質・量の問題、仕事での失敗、対人関係での悩みなどのストレスは心身の不調になって現れることも多く、うつ病などの深刻な状態を引き起こすケースもあります。とくに日本人の場合、自己肯定感を持っている人の割合が諸外国に比べて少ない、真面目でがんばり屋の人が多いといった傾向があり※2、ストレスをためやすいと言われています。レジリエンスを高めれば、ストレスをうまく受け流し、心身を回復させながらいきいきと働き続けることにつながります。
◆ 変革のスピードに対応するため
大企業=安泰という時代は終焉し、どんな組織も時代の荒波を乗り越えていくために、ビジネスモデルや組織のあり方を大きくスピーディに変化させることが求められています。そうすると当然、大規模な組織改革、人事異動、企業合併などにより一人一人が働く環境にも大きな変化が生じます。こういった変化に柔軟に適応し、能力をいかんなく発揮するためにもレジリエンスの向上は不可欠です。
◆ 自ら成長する力(目的達成力)を高めるため
ビジネス環境が大きく変化し続ける現代、自らのキャリアをイメージすることも難しく、どのようなスキルを身につければよいか悩むビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。そんな中、どのような変化にも適応するためのレジリエンスの向上は非常に重要です。キャリアを積み重ねるプロセスでは、困難でストレスフルな課題を乗り越えなければならない場面もあります。レジリエンスを備えていれば、危機的な状況を適切に把握し解決の糸口を確実に見出すことで、逆境を自らを成長させる力へと変えていくことができます。
組織レジリエンスとは
レジリエンスは、個人だけでなく組織にとっても非常に重要です。組織レジリエンスを備えていれば、事業において危機的・困難な状況が発生した際やビジネス環境に変化が生じた場合、それにうまく適応して立て直すことができ、組織の存続・成長が可能になります。投資家にとっての安心材料にもなると言えるでしょう。つまり、組織レジリエンスは企業評価指標に大きく影響する重要なポイントだと考えられます。
企業がレジリエンス向上に取り組むメリット
レジリエンスの向上は、企業にとってもメリットをもたらします。以下2つのメリットについて解説します。
◆ 社会の変化に適応しやすくなる
世の中の価値観や顧客のニーズの変化は、ビジネス環境や市場にも大きく影響します。そんな中、時代のトレンドを読んで起こりうるリスクに対して事前に対策を講じたり、社員の働く環境を改善してそれぞれが能力を発揮しやすくしたりすることで、ダイナミックな変化に対して企業が柔軟に対応しやすくなると言われています。
◆ 従業員のストレス耐性向上につながる
日本人は諸外国に比べて自己肯定感が低い傾向にあると言われています※2。自己肯定感が低いと失敗やミスを引きずったり、自分の弱点にばかり注目してしまったりして、ストレスをためやすくなります。企業のレジリエンス向上の取り組みは、従業員がストレスをうまく受け止めて精神的に安定した状態を保ちやすく、事業の推進力につながります。また、従業員が心身ともに健やかに、自信を持って働き続ける環境は、企業価値を向上させ、将来的に優秀な人材の採用がしやすくなるともいえます。
レジリエントな組織をつくるには?
組織のレジリエントを向上させるためには、3つの側面があると言われています。1つ目は「独自性」を高めること。他社の追随を許さないオリジナリティやブランド力があれば環境や市場の変化にも事業が揺らぎにくく、独自性を活かして変化に対応しやすくなります。
2つ目は「シナリオプランニング」。経営戦略手法の一つで「長期的かつ広い視野で物事を捉える」「今後起こりうることを想定し対策を講じる」取り組みを指します。目の前の状況に振り回されるのではなく、長期的な視点で考えて変化への対応力を高めておくことがレジリエンス向上に効果的だとされています。
3つ目は「適応力の向上」です。これまでの成功体験に縛られ現状維持に執着するのではなく、ビジネス環境や市場の変化をしっかりと捉え、柔軟に対応して周囲の環境に適応することがレジリエンスを強化するポイントになります。
リーダーに求められるレジリエンスとは
組織の鍵を握るリーダー自身がレジリエンスを身につけることも、組織のレジリエンス向上に不可欠です。リーダーはどのようなレジリエンスを身につけておくべきなのでしょうか。2つのポイントに絞って解説します。
◆ 自身のレジリエンス
リーダーとして組織を牽引するには、さまざまな困難・ストレスを感じる状況を乗り越える必要があります。リーダーは自分自身のスキルアップや目標達成に大きなプレッシャーがかかる上に、マネジメント業務による多忙、管理職としての葛藤や気苦労など、精神的重圧ものしかかります。そんな中でも自身のレジリエンスを高めることにより、チームや部下に配慮しやすくなります。困難な状況においてリーダーが強いレジリエンスを持った発言・行動を見せることで、他メンバーのモチベーションも上がりやすくなると考えられます。
◆ チーム・部下のレジリエンス
自分自身のレジリエンスに加え、チーム・部下のレジリエンス強化もリーダーの果たすべき役割です。経験の浅い若手・新人はとくに失敗に慣れておらず、少しのミスに落ち込んでしまったり、精神的に追い込まれてしまったりするケースは多く見られます。チーム全体で困難を乗り越えられる土台を整え、さらに一人ひとりの部下が自己肯定感を高められるようにチーム運営を考える必要があります。
レジリエンスがある人とない人の違い
レジリエンスがある人とない人ではどのような違いがあるのでしょうか。レジリエンスは内面的な特性ではありますが、その強さ・弱さには目に見えて表れる要素もあるようです。3つの観点から紐解きます。
◆ 精神面の違い
精神面でのレジリエンスは、感情のコントロールや自己肯定感、考え方に表れやすいと言われています。感情コントロールの面では、レジリエンスのある人は目の前の出来事に一喜一憂するのではなく、大局的に物事を捉えて最終的な目標達成を重視する傾向にあります。また自己肯定感・自尊感情が高く、困難な状況に直面しても乗り越えるために挑戦し続け、自身の成長につなげることができます。「何とかなる」と楽観的に物事を捉えるのも、レジリエンスの高い人の特徴だと言われています。
逆にレジリエンスのない人は、感情をうまくコントロールしづらく、期待と不安に振り回される傾向にあります。そのためプロセス半ばで精神的に消耗してしまい、目的を達成できないことも考えられます。自己肯定感が低く少しのミスで落ち込んだり、失敗を心配しすぎるがあまり臆病になってしまったりするケースも見られるようです。
◆ 習慣の違い
上述した精神面でのレジリエンスにつながるのが、日々の習慣です。言葉のチョイスや人との関わり方、過去と未来の捉え方、ストレスに直面したときの行動などにとくに強く表れる傾向にあります。レジリエンスのある人は、否定的な言葉をあまり使わず、人の良いところに注目します。物事をポジティブに捉え、自身の過去を振り返り未来に活かそうとするのもレジリエンスの強い人の特徴とされています。PDCAの「C」を重視し、失敗も成功も含めて自己成長の糧として活用しているのです。
レジリエンスのない人はネガティブな言動が多く、「でも」「だって」と“できない理由”を挙げがちだと言われています。自分を過小評価して、PDCAの「C」を客観的に評価できず、自己成長に活かしにくい傾向があります。不安や心配が先行してしまうため、ストレスのかかる状況に陥ると精神的なダメージを実際よりも強く受けてしまうこともあります。
◆ 行動の違い
もっともレジリエンスの有無が表れやすいのが行動です。レジリエンスのある人は周囲の人に強い信頼感を持っていて、自分の力でどうしようもない状況でも周囲の励ましや協力を自らの力に変えて困難に打ち勝つことができます。事実をありのままに受け入れ、状況に応じて柔軟に手段・目的を変化させることができる点も、レジリエンスの高い人によく見られます。
一方、レジリエンスの低い人の行動には、他人への信頼感が弱く、狭い視野で物事を考えてしまう特徴が見られます。悩みごとが心の中で膨らんでネガティブな状態に陥ることで、柔軟に物事を考えたり、手段・目的を見直したりする余裕を失い、事態の悪化を招くケースも考えられます。
レジリエントな人になるには?
「レジリエンスの有無は、生まれつきの特性では?」と思われるかもしれませんが、レジリエンスは先天的な能力ではなく、今日からでも高めていくことができます。レジリエンス向上は、一人一人がパフォーマンスを改善するためだけでなく、新規事業創出など新たな視点・取り組みが必要とされるシーンでも非常に有効で、個人も組織も実践する価値があると言われています。レジリエンス向上につながる考え方をいくつかご紹介します。
◆ 自分を知る
まずは自分を客観的に認識し、理解することが大切です。強みや弱み、感情や思考のパターン、自らが目指す目標を明確にすることがポイントとなります。そうすれば困難な状況に直面しても、目の前の状況に振り回されたり、感情コントロールを失って不安やネガティブな気持ちに飲み込まれたりしづらくなります。
◆ 自分を信じる
ストレスを感じる出来事や困難な事態が発生した際には、背中を向けて逃げ出すのではなく、事実をありのままに受け入れることがレジリエンス向上の第一歩です。そして目標達成のために「自己効力感=自分は状況を変えられる」というポジティブかつ強い気持ちで行動を起こします。もし思い通りの結果が得られなくてもきちんと振り返り、自己成長の糧を見出すこともポイントです。その積み重ねにより、レジリエンスは少しずつ向上していくはずです。
◆ 視野を広げる
視野が狭いとネガティブな思考に囚われやすくなりますし、逆境を乗り越えるための新たなアイデアも思い浮かびにくくなります。長期的な視点で物事を考え、さまざまな視点から状況を客観視すれば、トラブルやストレスをうまく対処できる方法が見つかりやすくなり、レジリエンスの特徴である“しなやかな強さ”につながります。
◆ 周囲の環境を整える
どれほど内面のレジリエンスを向上させたとしても、すべての困難に必ず打ち勝てるとは限りません。一人では対応しきれない大きな困難や複合的なトラブルを乗り切るために、仲間の協力が必要になる場合もあるかもしれません。周囲の人々と良好な関係を築き、日頃から協力し合える信頼関係を維持することも、レジリエンスの大切な要素です。
レジリエンスの維持に必要なこと
レジリエンスを高めるためには前項でご紹介したような行動や意識など「心」のあり方を変える必要がありますが、「心」を整えるためには「体」を整えることが不可欠です。つまり、レジリエンスの向上と維持を実現するには、心と体の基盤である“生活習慣”を整える必要があります。具体的には食生活、運動習慣、休息のとり方などが挙げられます。体の健康を保つために不足しているものはないか、健康や日々の充足をすり減らす要素はないかなどを見直してみることもおすすめします。生活習慣を整えることでレジリエンスを維持しやすくなります。
従業員のレジリエンス向上のために企業ができること
従業員のレジリエンスは、個々の努力だけでなく働く環境を整えることによっても向上させることができます。キーワードは「心理的安全性」。忖度なしに自分の意見を発言できる、遠慮なくSOSを出すことができる、メンバー同士が尊重し合える、ネガティブな発言をする人が少ない、互いのがんばりを応援し合えるといった「心理的安全性」の高い職場を構築すれば、一人ひとりが失敗を恐れずに前向きな気持ちで能力を発揮することができると言われています。
◆ 整えるべき環境
「働く環境を整える」と一口に言っても、環境は一朝一夕で変化するものではありません。なぜなら環境は文化や風土と強く結びついていて、目に見えづらい部分でもあるからです。そんな中でぜひ取り入れたいのが、リーダーが率先して「失敗を奨励する」ためのフォローや声掛けを行うことです。「失敗するくらいなら挑戦しない」という考え方に陥ってしまうと、失敗への恐れから自己成長が鈍化、さらに自己肯定感も低下する負のスパイラルに陥り、レジリエンスが弱まってしまうとされているからです。
部下が失敗したら必ずフォローし、責めるのではなく許容してともに解決策を探ることで、組織の文化・風土は少しずつ変化するはずです。結果的に、社員のレジリエンスが高まる職場づくりに結びつくと考えられます。
新規事業創出のためのレジリエントな組織づくりをサポート
IT技術の進歩やイノベーションが加速し、ビジネス環境の変化が激しくなる一方の現代に、企業が適応し生き残っていくための手段の一つは、時代のニーズを捉えた新規事業の創出です。しかし新たな挑戦には、苦難がつきものです。さまざまな困難やストレスフルな状況にうまく適応し、そこから新たなパワーを得るためにもレジリエントな組織づくりはますます重要性を増していると言えます。
◆ SSAPの組織開発支援
一人一人の従業員が各自の能力をいきいきと発揮して成長し、互いの力を補完し合って事業成長を生み出せる組織づくりを目的とする「組織開発」は、従業員・チームのレジリエンス向上にもつながります。Sony Startup Acceleration Program(SSAP)の組織開発支援は、新規事業創出のための組織・体制整備のアドバイス、スキルアップ研修はもちろん、従業員が楽しみながら事業アイデア創出に挑戦できる参加型のプログラムを提供することで、企業の文化・風土をレジリエントなものへと変革していくサポートをしています。
さらに、新規事業開発を通してレジリエントな人材育成を効率的に行うことも可能です。
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