Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。SSAPとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。
本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。各スタートアップ企業の知られざるストーリー、今注力するビジネスとは?スタートアップ企業の軌跡と未来に迫ります。
今回は、RUN.EDGE(ランエッジ)株式会社 代表取締役社長 小口淳さんとソニーベンチャーズ株式会社 松島弘の対談インタビューをお届けします。
映像技術を活用したスポーツ分析
――まず、RUN.EDGE株式会社のミッションを教えてください。
小口さん:会社のミッションは、映像をシーンで活用して、社会をアップデートしていくことです。YouTubeやNetflix等のオンライン映像配信サービスが広まり、私たちは人生を何回生きても見切れないほど大量の映像を簡単に視聴できるようになりました。そこで、大量の映像の中から見たい場面(シーン)にアクセスして見られるようにする、高速シーン再生技術を開発してきました。その技術をスポーツのお客様に提供して育ててきたのですが、さらに社会の中で活用し、価値を生み出していきたいと考えています。
――具体的な事業概要を教えてください。
小口さん:大量の映像の中から特定の部分を検索して再生・活用する映像検索技術をベースに、スポーツの分析アプリケーション事業、映像分析のSaaS型サービス・プラットフォームを提供しています。またスポーツ分野で育てた技術を、教育やエンターテインメント、ビジネス分野などにも展開しています。
主要製品は、野球分析サービス「PITCHBASE(ピッチベース)」とフィールドスポーツ向け分析サービス「FL-UX(フラックス)」です。PITCHBASEはNPB(日本プロ野球)でシェア90%以上、MLB(メジャーリーグ)でシェア40%となっています。FL-UXは国内外300クラブ以上、7,000ユーザーに展開、14カ国でサッカー・バスケットボール・ラグビーなど7スポーツに導入されています。
――コア技術について教えてください。
小口さん:RUN.EDGEが持つコア技術は、高速シーン再生技術です。映像データの中から必要な部分だけを高速に抽出し再生できる技術です。大量の映像データから見たいシーンにすぐアクセスできるため、分析効率が大幅に向上します。シーン再生の分野において、グローバルで特許を10件取得(出願中も含む)しており、この分野で世界でもかなり進んだ位置にいると思います。
スポーツ分析に対してITがやるべきこと
――スポーツテックと呼ばれる領域では、データ解析やトレーニング支援などテクノロジー、AIの活用が進んでいますが、RUN.EDGEのサービスはどんな点がユニークなのか教えてください。
小口さん:PITCHBASEは、野球の試合映像から見たい1球のシーンを検索できるサービスです。試合中の全投球にコースや球種、回転数といった大量のデータを付与して、詳細な検索と分析を可能にしています。従来は限られたアナリストが映像を分析していましたが、このサービスでは選手やコーチも簡単に検索・分析ができます。
FL-UXもベースの技術は同じですが、野球とサッカーやバスケットボールなど他のスポーツとでは求められるものが違うので、それぞれのニーズに合わせてサービスを提供しています。野球はかなりデータ化しやすいスポーツで、例えば打席に立った瞬間をデータ化して、そのデータをベースにして検索します。一方サッカーやバスケットボールなどは、コンセプトに合わせてチームの戦略があり、分析はそのチームコンセプトや戦術との違いを主観的に捉えて評価することが主なため、試合で起きた実際のプレーをベースに話し合って改善していくというのが大事になります。そこでFL-UXは、練習・試合の映像シーンをリアルタイムもしくは試合・練習後に検索できて、そのプレー映像シーンに紐づくコミュニケーションが誰でも簡単にできる点がコアコンセプトになっています。
――一番の特徴は再生が速いということですが、具体的にどういうことか教えてください。
小口さん:例えば野球であれば、クラウド上にある大量の試合映像の中から、見たい一球を検索するケースがあります。5秒程度の一球のシーンを、映像ファイルを横断して検索・視聴するには、1球シーンごとにローディング等が発生するため、動画の再生までに大体5秒程度かかることがあります。それは、ユーザーにとって大きなストレスになりますし、そうなるとユーザーが映像を見て分析したいという気持ちがなくなります。
PITCHBASEでは、ユーザーが見たい一球を検索して再生するまでの時間を出来る限り短くすることで、ユーザーのストレスをなくし、快適な体験を生み出すことを目指しています。そうすることで、今まで分析を自分でしなかった方々が分析したいと思えるようになると考えています。その、検索してから視聴するまでのプロセスの中で最も時間がかかるのが動画のローディングで、その時間を短くするための技術が高速シーン再生技術になります。
――高速シーン再生技術を活用した、パートナーとの協業事例があれば教えてください。
小口さん:例えば、スポーツのコンテンツを持っている企業と協力して、そのコンテンツを使った新しいサービスを提供しています。新しいスポーツ映像の価値を創出するための協業に加え、エンタープライズやエデュケーションの分野でもシーン再生技術を展開し新しい楽しみ方を提案しています。
スポーツで勝負をしている選手やコーチ・分析官の方々が、なぜ映像を使うかというと、映像は、時間あたりの情報量が非常に大きく、人間への情報インプットの効率が非常に高いことがあります。映像の1分間には文庫本30冊分の情報量が含まれており、これを活用することで事実という大量の情報をインプットし、効率的に現象を捉えることができますし、時には映像を使って正確に伝えたいことを伝えることができます。
例えば、製造現場でも、マニュアルや手順書を映像として残すことで、技術を効率的に伝えることができます。ただ、映像を見るのは時間がかかるのが課題となるため、必要な情報をピンポイントで検索し、効率的にインプットできる仕組みが求められます。生産現場において課題になっている技術伝承問題を解決するために、映像の検索性を高め必要な情報をすぐに引き出せる高速シーン再生技術を適用しようとしています。
企業が抱える課題に対して、映像の活用は一つの可能性があります。スポーツの現場で映像が重要な役割を果たしているように、他の分野でも映像を使った課題解決が期待されます。映像の活用方法を一緒に模索し、課題解決に繋がるソリューションを提供していきたいと思います。
MLBへの挑戦
――起業することになったきっかけを教えてください。
小口さん:RUN.EDGEは、もともと2015年に富士通の中で立ち上がった開発プロジェクトでした。その後、事業のスピード感と自由度を高めるため、2018年に富士通から本事業をカーブアウトによる独立を選択しました。大企業の中では人材採用が制限されるなど、長期的なビジョンを描きづらかったことが独立の背景です。
松島:PITCHBASEをローンチした2016年に早速、NPBの数球団に採用されていますよね。顧客を獲得出来ていることがすごいなと思ったのですが、なにかコツとかあったのですか?
小口さん:良いものを作って感動させるとか、新たな価値が分かるものを作るのが、一番近道じゃないかと思います。もちろん、人との出会いもとても重要で、あの時あの人に会っていなかったら今これだけ多くのプロ野球の皆様に使って頂いていることはなかっただろうなと思う方が何名かいらっしゃいます。その出会いについても「良いものを作る」ということが繋がっていると思います。
また、新規で参入するマーケットでは、既存のものより圧倒的に良いもの、圧倒的に価値を発揮するものを提供しないと、わざわざ今までのものを変えたりする理由が生まれません。特にプロスポーツのようなクローズドなマーケットではプロダクトの真の評価が非常に重要になりますので、やはり、真っ直ぐに「良いものを作る」ということが、一番効率的なマーケティング・営業になると思っています。
――MLBに採用されて何か感じたことはありますか。
小口さん:現在あまりグローバルでプレゼンスがないクラウドサービスの領域であっても、日本のものづくりはものすごいポテンシャルがあると思うし、本当は向いていると思います。実際PITCHBASEは、米国の競合プロダクトがある中で、MLBで4割のシェアを持つサービスになりました。プロダクトをチームで誠実にちゃんと仕上げていく、磨きをかけていく、という点について日本にかなう国はないと思っています。
――SIFは、RUN.EDGEのどこに注目していますか。
松島:国内だと、テクノロジードリブンなスタートアップは意外に少なく、あったとしても、まだ売上がない企業も多いのですが、RUN.EDGEは国内外で既に顧客を獲得していました。特に海外の顧客を掴めていないスタートアップが多い中で、ここが決め手でした。出資にあたり特に注目したポイントはこの3つです。
3点目ですが、多くの国内のプロスポーツチームでは、選手たちは監督やコーチから、分析された動画の内容を会議室に集められて説明されているそうです。その動画を見ながら選手間でコミュニケーションは行っていない。同社のソリューションは、動画にタグ付けを行い、後で瞬時に見直すことが可能でスケッチ(描画)も行えます。実際に選手達も動画に絵を描きこみ、他選手とこうしたらいいとか議論を行ったり、会議室の外でも自身のプレー動画を比較したりしています。実態に沿った利用が可能なのが注目した点です。
体験価値の新たな可能性
――ソニーやSIFに期待することを教えてください。
小口さん:海外の販売に向けたところとか、既にいろいろと協力頂いていて感謝しています。
スポーツの分野でいえば、我々はカメラやハードウェアを持っているわけではないので、そういうところで上手くコラボレーションできればと思っています。コンピューター分野でも上手くコラボレーションして、良い価値を作れたらいいなと思っています。
松島:映像の未来についてはどうですか。撮った映像を編集ソフトで編集してみんなで見る時代から、撮ったものから自分の見たいところを自由に見られるようになるとか、自分の見たい情報を重ねて見るとか、そういう新しい映像体験が今後あるのではないかと思っています。そういう新しい体験を一緒に作れたらいいなと思います。
小口さん:そうですね。新しい体験を作るために、我々のソフトウェア技術とハードウェア技術を組み合わせて、映像の新しい体験やサービスを提供できたらいいなと思います。グローバルにも展開したいですね。
――今後の目標について教えてください。
小口さん:スポーツ分野でのシェア拡大と新規事業領域の開拓の2つが柱となります。
スポーツ分野では、さらなる海外進出を視野に、グローバルのトップクラブからアマチュアクラブまでカバーしていきたいと思っています。まず野球の分野では、MLBでの市場拡大を早急に進め、次のステップとして、韓国、台湾など他プロリーグへの展開、およびグローバルでのアマチュア展開を進めていきたいと思っています。
またサッカー、バスケットボール、ラグビー、ラクロスなど様々なスポーツへFL-UXの展開を進めていくと同時に、高速シーン再生技術を使った新しいスポーツコミュニケーションの習慣・文化を浸透させ、最終的には、すべてのスポーツ選手等が毎日使うコミュニケーションプラットフォームになりたいと考えています。
新規事業では、エンターテイメントの分野で映像視聴の新しい体験を目指すと共に、教育やビジネス分野において、自社技術の強みを生かし、映像活用という新たな市場を開拓していきます。人間が最大限に頭を使って活躍するために、映像の活用は必須だと考えています。5年、10年先を見据え、映像活用の分野を牽引する、また映像プラットフォームにパラダイムシフトを起こすグローバル企業を目指します。
――読者へのメッセージをお願いします。
小口さん:大企業での新規事業について、当時ネガティブな意見が多くありましたが、富士通の中で始めたからこそ、これだけ早く事業立ち上げができたと思う部分があります。それは、当時のメンバーとの出会いです。一緒に始めたメンバーとの出会いがなければ、1年で事業を立ち上げることも、今のRUN.EDGEも当然なかったと思います。大企業の中で優秀な人達と出会うことは割と簡単だと思います。大企業での新規事業は本当に大きなチャンスがあると思います。
あとは、マネジメントの方たちとの付き合い方とか、会社の仕組みであったり、新規事業に集中してできる環境が重要だと思います。難しい場合もありますが、それは、会社へ文句を言いつつ、信念を曲げずに、うまくやるしかないと思っています。
最後になりますが、これからも、スポーツの分野では、当社の映像技術により、アスリートの可能性を引き出し、新しいファンの映像体験を生み出し続けたいと考えています。また、スポーツで培ったこの技術により、社会のあらゆる場面で映像の活用を進めることで、スポーツのように人間が全力を発揮できる社会を目指したいと考えています。
当社のソリューションに興味を持っていただけた方は、ぜひ一度お問い合わせください。
連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!
※本記事の内容は2024年7月時点のものです。