Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。SSAPとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。
本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。各スタートアップ企業の知られざるストーリー、今注力するビジネスとは?スタートアップ企業の軌跡と未来に迫ります。
今回は、株式会社 Happy Quality 代表取締役 宮地 誠さんとCFO 髙地 耕平さん、ソニーベンチャーズ株式会社 鈴木 大祐と深田 陽子の対談インタビューをお届けします。
「農業」に"ハッピー"が連鎖する、意外な仕組み
――まず、株式会社 Happy Qualityの事業概要を教えてください。
宮地さん:株式会社 Happy Quality(以下、Happy Quality)は、「しあわせ品質をすべての人に」をミッションに、「生産から流通までの世界のスタンダードを創る。」をビジョンに掲げ、一気通貫した農業経営の支援サービス「Happy式マーケットイン農業モデル」を展開しています。また、このモデルを実現するためにテクノロジーを活用した研究開発にも積極的に取り組んでおり、現在は静岡県を拠点にしています。
――農業経営の支援サービス「Happy式マーケットイン農業モデル」を展開されているとのこと、具体的にどういったものですか?
宮地さん:農業を行いたい方々を対象に、Happy Quality がAI技術を用いたトマトの栽培技術と栽培指導を提供する支援サービスです。このサービスを使えば、農家さんはもちろん農業未経験の初心者の方でも、高品質・高単価・高機能のブランドトマトを、通常は栽培が難しい夏も含めて、1年中安定生産することが可能になります。またHappy Quality ではあらかじめ「売り先」を確保しているため、Happy式で生産されたトマトを市場価格よりも高単価で全量買取し、スーパーなどの業者に販売します。これにより生産者は変動する市場価格に左右されず、安定した収入を得ることができ、消費者は全量検査された美味しいトマトを一年中安心して食べる事ができる"ハッピー"な循環を実現しています。
現在は、GABA・リコピンのダブル成分の機能性表示食品であるトマト「Hapitoma」を中心に、サービスを展開しています。
深田:SIFが投資させていただく前に、静岡にあるHappy Qualityのトマトハウスにも訪問しHappy式で生産されるトマト「Hapitoma」を試食しました。東京のデパ地下で買ってきたトマトと食べ比べして忖度無しで味の評価をしましたが、単に糖度が高いだけではなく、酸味とのバランスが良くて本当に美味しいですよね。
――Hapitomaの美味しさ、気になります!ちなみにHappy Qualityのミッション・ビジョンにはどういった想いを込めたのですか?
宮地さん:ミッションである「幸せ品質を全ての人に」のメッセージは、Happy Qualityのロゴマークにも繋がっています。ロゴの“H”は会社の頭文字だけでなく「幸せの連鎖」を表していて、Happy Qualityだけでなくて消費者や生産者、我々と関わる企業の方々、全員と幸せを共有したいと考えています。
ビジョンである「生産から流通までの世界のスタンダードを創る。」は、“あったらいいな”ではなくて“無くてはならない”スタンダードを目指すという意味です。日本では現在、農業者の高齢化が深刻な社会問題であり、農業の衰退が危惧されています。この状況を変えて未来を明るくするために、生産から流通という農業のフローに入り込み、農家も儲かるビジネスモデルを構築しました。これを世界規模でもスタンダードにできれば、Happy Qualityだけでなく農業という産業全体が勝ち組になると思っています。
「新たな農業モデル」と「研究開発」を始めたワケ
――Happy Qualityの事業の軸となる「Happy式マーケットイン農業モデル」を始めた狙いは?
宮地さん:現在の農業はプロダクトアウトで、農家の方が稼げません。例え高品質な農作物を生産できても農家には価格決定権が無く、どうしても買い取り価格が相場に左右されるからです。
一方でHappy Qualityはマーケットインで、市場に必要とされているものを農家さんに生産してもらい農家の「安定生産」と「収益基盤確立」を可能にします。こうして課題を解決するため、まずは静岡で「Happy式マーケットイン農業モデル」を始めました。
鈴木:東京でなく地方で産業を創ろうとしている点は、Happy Qualityの魅力の1つだと思っています。地方でワークするビジネスモデルがあることで、少子化などの課題の解決にも繋がりますし、東京のスタートアップ企業との差別化にもなっています。
――Happy式の農業モデルの他にもテクノロジーを活用した研究開発を行っているとのこと、詳しく教えてください!
髙地さん:テクノロジーの活用は、Happy式マーケットイン農業モデルをより効率的に実現するために実施しています。例えば、「AI自動灌水」によって高品質トマトを栽培するための最適な水やり技術をAIで再現し自動化したり、「デジタルツイン遠隔栽培指導システム」では3Dスキャナの情報をもとに遠隔で栽培ハウス内の環境を把握したりなどが具体的な事例です。さらに最近ではスマホで簡単に気孔開度を観察できるデバイスも開発し、トマトに限らず植物の“生きた”気孔の解析ができるようになりました。
AI自動灌水は、Happy式のモデルを導入する上で特別な経験やスキルが無くても高いレベルでトマトを栽培できるよう、AIを導入した事例です。環境センサーや専用のカメラを用いて葉の状態をモニタリングし、サーバー側でAI解析しリアルタイムで灌水制御装置に反映した上で、自動で最適な水やりを行います。
鈴木:事業を展開していく上で、テクノロジーを活用した製品・サービス展開に比重を置きすぎるのもバランスが難しいという考え方もあると思います。このあたりはどう考えてらっしゃいますか?
髙地さん:そうですね、Happy Qualityではテクノロジーのプラットフォーマーを目指しているわけではなく、あくまでHappy式マーケットイン農業モデルに必要なものを厳選して研究開発に取り組んでいます。常に持つようにしているのは、そのテクノロジーの導入は本当にニーズがあるのか?収益化に繋がるのか?という観点。仮に人力で実施した方が効率的なことがあれば敢えて研究開発は行わず、全体最適で最も良い方法を模索します。それがアグリテックを行う他社さんやアカデミアでの研究とは違う点だと認識しています。
――SIFのお二人は、Happy Qualityのどこに注目していますか?
深田:特に注目するポイントはこの3つです。
1つ目は、独自の栽培技術と販売ルートで「稼げる農業」を実現している点。
農業においてテクノロジーを導入する取り組みにはさまざまなものがありますが、良い作物を効率的に作れても、それが売れなければ農家にとって収益になりません。Happy Qualityの場合は、テクノロジーを活用して高単価な商品を1年中、安定的に栽培できるようするだけではなく、栽培したトマトを市場価格より高単価で全量買取して独自ルートで販売する、生産から販売まで一気通貫したサプライチェーンを構築しています。
この仕組みによって、生産者が在庫リスクを抱え自ら販路を開拓する必要や、「作っても売れないかもしれない」という心配をなくし、確実に「稼げる農業」になっていることが素晴らしいと考えています。
2つ目は、「宮地さんの農業分野における経験」です。宮地さんは長年青果市場で競り人をしていたご経験があり、その際のネットワークを全国にお持ちです。宮地さん自身がプロフェッショナルであるからこそ、農業の生産から流通に入り込んだビジネスを展開できていると考えています。
実際、Hapitomaを買いたいと宮地さんに相談に来る業者は多く、その注文量を合算すると2000トン以上になるそうです。一方、供給がまだ追いついていない状況なので、Happy式のトマト栽培をよりスピーディにスケールしていくことは、業界内でも期待されています。
鈴木:ポイントの3つ目は「農業の金融商品化の可能性」。Happy Qualityの事業は農業の金融商品化が見込めます。例えば太陽光発電は現在世の中でスケールしていますが、これは2012年から経済産業省がFIT制度を開始し、金融商品化されたことが1つの要因です。このようにHappy Quality 式のノウハウを使えば、農業においても誰でもトマトを作れるようになり、それが個々の収益に結び付く形で金融商品化が可能だと考えています。
キーワードは「常に世界一のオタクであれ」
――Happy Qualityを創業したきっかけを教えてください!
宮地さん:実は宮地家は、市場人の一家なんです。父もそうでしたし、父方の祖父は市場を立ち上げたような人でした。そういった家系であることは環境面で1つのきっかけです。
私は学生の頃にはオリンピック選手を目指すほどの強豪校で陸上をやっていましたが、大会で大けがをしてしまい療養のため引退することに。その後「F」という漫画をきっかけにカーレースに興味を持ち、レーサーになりました。しかしレーサー1本の収入だけでは生活が難しかったので父親の紹介で、市場で野菜の競り人も始めました。
競り人って、1人で莫大な金額を動かすんです。当時私は1人で70億円規模の商いをしていて、ぶっちゃけトップの成績をおさめていました(笑)。しかしそれだけ大きな金額が動くにも関わらず、市場のカルチャーはどんぶり勘定で、全体の売り上げが落ちても原因を分析したり改善策を考えたりしないことが多いです。数年間で急激に市場全体の売り上げが激減し、一方で電気代などの経費は高騰。業界の未来に危機感を持ちました。「農家が儲かる仕組みを創り、農業を盛り上げたい」、この想いでHappy Qualityを立ち上げました。
――起業後は、会社をどのように成長させてきましたか?
宮地さん:Happy式マーケットイン農業モデルを軸に、テクノロジーを取り入れながら事業を成長させてきました。数字面でも約3年前から実績が出始めて、今は農家に加えJAのような団体の方々からも「Happy式の研修プログラムを教えてくれないか?」とリクエストいただくことが増えました。Happy Qualityには農学者もエンジニアも在籍しているので、Happy Qualityを取り入れる方々に向けた研修では、バイオや機械工学の知識も提供できるのです。
髙地さん:SIFをはじめとして我々に出資いただいている企業は、事業シナジー面でもHappy Qualityを一緒に成長させてくれる方々が多いです。取引先を紹介いただいたり、一緒に実験して素材を開発したりなど、さまざまなサポートもあり直近のHappy Qualityの成長が実現しています。
――お話を伺っているとHappy Qualityには農学者やエンジニアなど幅広い職種の方がいらっしゃるようですが、どのように採用しているのですか?
宮地さん:コアメンバーのキーワードは「常に世界一のオタクであれ」で、この基準に沿って採用しています。例えばトマトであればトマト博士レベルであれば知識は他に負けませんし、ロボットの世界であれば知識をアップデートしつつ研究に熱中することができます。こういった方々は能力もスキルもあり、各領域でコミュニティを持っていたりします。人材採用に関しては私も驚くくらい、優秀なメンバーが集まってきてくれました。
髙地さん:多分、農業DXというテーマに共感してくれた上で、Happy Qualityである程度裁量を持って働ける点を魅力に感じている人が多いと思います。大企業だとどうしても稟議を通すような話でも、Happy Qualityでは社長が即断即決でスピーディに物事を進められます。
Happy Qualityとソニーの技術・ノウハウの融合も
――SIFは2020年10月に出資させていただきました。その後、Happy Qualityとソニーでの連携の事例もあったと伺いまして、詳しく教えてください!
髙地さん:現在サービスとしてローンチするところまでは行っていないですが、研究開発の文脈で、ソニーにはセンシングデバイスやハイパースペクトルカメラに関する技術情報の知見やアドバイスをご提供いただいり、実証実験を一緒に行ったりしました。Happy Qualityにはソフトウェアエンジニアが在籍していてソフト開発は得意ですが、ソニーのハードウェアの技術によって研究の幅が圧倒的に広がります。またソニーに投資いただいているからこそのビジネスチャンスもあったり、展示会の機会もいただいたりしてありがたいです。
深田:ソニーが生み出した新素材「Triporous™(トリポーラス)」を用いて、Happy Qualityとソニーで農業における活用可能性探索も行いました。他にも髙地さんが仰ったセンシング領域においては、Happy Qualityが取り組んでいるデジタルツイン技術に関連して画像認識や姿勢推定時の技術課題に関するディスカッションを実施するなど、ソニーとしても、農業の現場を知り尽くしているHappy Qualityの知見が研究やその後の発想に活きるようで、互いに刺激し合い相乗効果が生まれているのではないかと思っています。
宮地さん:ソニーが株主でいてくれるというのは、ブランドにもなり信頼感も増すので、代表取締役としてもPRしていきたい部分ですね。
――SSAPも一部、アドバイザリーという形で新サービスのプロダクト設計や品質面でもサポートさせていただきましたが、お役に立てた点はございましたか?
髙地さん:Happy Qualityはテクノロジー領域において、試作開発までは得意です。一方で、会社として責任をもって製品を販売するノウハウは不足していました。品質管理の観点でソニーの方々にアドバイスいただいたことは本当にありがたく、我々も自信を持ってサービス開発を行えるようになりました。
宮地さん:耐久試験や製品ローンチまでのスケジュール管理などをレクチャーいただいて、それがHappy Qualityのメンバーにも身に付き始めています。今後はぜひ知財戦略をご相談できればと思っています。
Happy Qualityは「世界」を取りに行く
――Happy Qualityの今後の展望は?
髙地さん:現在、Happy Qualityではトマト栽培をメインに行っていますが、今後はトマト農家を増やしつつもそれ以外の作物も含め多品目に挑戦し、より多くの農家の課題解決することで社会にインパクトを与えていきたいと考えています。
また海外展開も狙っています。国内ではアウトプットがトマトや農作物ですが、海外に進出する際、アウトプットはテクノロジーです。デバイスやソフトなど、Happy Qualityがこれまで培ってきたテクノロジーを拡販していくという思想です。シンガポールやインド、最終的にはアフリカなどの大きいマーケットを見据えて、日本だけに最適化したプロダクトにならないように、ということも常に意識しています。
宮地さん:今日のインタビューを通じて、髙地さんが思っていた以上に熱い男だなというのを、改めて感じました(笑)。髙地さんが具体的なことを言ってくれたので私は別の視点で言うと「小さくまとまらずに、世界を取りに行こうぜ」と考えています。ソニーと組めるメリットはそこにあると思います。
――最後に、読者に向けてのメッセージを一言お願いします!SIFの鈴木さん・深田さんのHappy Qualityへの期待も教えてください。
髙地さん:農業分野に携わる企業の方などで、Happy Qualityの事業にご興味を持ってくださった場合は、ぜひ課題だけをお持ちの状態でお悩み相談をいただけると一番ありがたいです。我々は課題に対してアプローチを考え提案したり、一緒に施策を考えたりすることが得意です。
またもし、現在農業のノウハウや経験は無いけど、新規事業で農業分野に進出しようと検討している企業の方がいらっしゃれば、ぜひHappy Qualityマーケットイン農業モデルをご検討ください。実際に異業種の企業の方がHappy Qualityを導入して農業を始めた事例もあります。
鈴木:私は、日本がサスイナブルな国であるために、国内で新しい産業を創造できるスタートアップ企業に対してのサポートを全力でやっていきたいと思っています。これは、僕がSIFで投資家の仕事している理由でもあります。
現在の日本において、農業や自給率の課題は解決しなければならないものの1つです。Happy式のノウハウを活用して素人でも美味しいものを生産できるということになれば、食料自給率の問題はある程度解決しますし、国民が安定して生活できる基盤が整います。そこに対して、Happy Qualityの技術を活用したり、農業の金融商品化が実現したりすれば更に基盤は確実なものになり、農業を世の中にスケールさせることができると考えています。
Happy Qualityの事業には日本の未来を創る可能性があり、今後の発展を期待しています!
深田:Happy Qualityが対峙する市場のニーズと期待は大きいので、「日本発のアグリテックカンパニー」として宮地さん高地さんには、世界を見据えた事業展開を期待しています。
また、最近は新規就農者や既存農家だけでなく、他業種の方々の新規事業としての相談や、海外からの視察も増加中です。読者の皆さまも、一緒に未来の農業を築き上げて行く取り組みにご興味がありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください!
連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!
※本記事の内容は2023年12月時点のものです。