2024.03.25
Sony Innovation Fund presents Remarkable Startups

アクプランタ株式会社|アカデミック×科学の視点でアプローチ、酢酸の「乾燥に強くなるメカニズム」の力で気候変動に立ち向かう

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。SSAPとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。

本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。各スタートアップ企業の知られざるストーリー、今注力するビジネスとは?スタートアップ企業の軌跡と未来に迫ります。

今回は、アクプランタ株式会社 CEO・代表取締役社長 金鍾明(キム・ジョンミョン)さんと、ソニーベンチャーズ株式会社 富高 忠房、原 孟史の対談インタビューをお届けします。

アクプランタ株式会社 CEO・代表取締役社長 金 鍾明 さん
ソニーベンチャーズ株式会社 シニアベンチャーキャピタリスト 富高 忠房
ソニーベンチャーズ株式会社 インベストメント マネジャー 原 孟史

植物が持つメカニズムで気候変動に立ち向かう

――まず、アクプランタ株式会社のミッションを教えてください。

金さん:昨今、地球沸騰化と言われている中で、世界中で問題視されている異常気象による植物資源生産へのダメージを技術的に解決することが、当社の主なミッションです。これによって農地での問題を解決し、食料問題や環境問題の解決、また、その土地の文化や人々の生活を安定させ、維持することにつながると考えています。植物を対象にしたエピジェネティクス(※1)という基礎科学で、農地での問題解決を図り、食料供給の確保や環境保全、それによる生活の質の向上を目指しています。

※1 DNA配列を改変せず、染色体レベルでの構造変換により遺伝子発現の制御を研究する学術分野のこと

――植物の乾燥・高温耐性に着目されたのですね。現在はどのような事業を展開していますか?

金さん:当社が開発したエピジェネティクスの基礎技術を使って、植物向けの商品を開発しています。この商品は、様々な植物を乾燥や高温から守る効果があります。この商品を使用することで、日本国内や海外を含む農地での生産性を向上させることができます。科学的な根拠に基づいて商品化し、エピジェネティクスの技術を使って事業展開を行っています。

人や環境に配慮した商品の可能性とは?

――「Skeepon(スキーポン)」ですね。どんな商品なのか教えてください。

金さん:植物は元々、水分が欠乏すると体内で「酢酸」を作り出し、乾燥に耐える力を持っていることを発見し、作用機序を解明しました。このメカニズムに着目し、独自技術を用いて植物が持つ力を効果的に引き出す商品が「Skeepon」です。最近注目されているバイオスティミュラント(※2)と呼ばれるカテゴリの商品です。肥料や農薬とは異なり、植物が本来持っている遺伝子機能を活性化させることで、環境ストレスへの対応力を高めます。科学的根拠に基づいて効果を発揮する点が大きな特徴です。

Skeeponの商品画像
Skeeponの商品画像 / 実験結果
※2 植物が本来持つ免疫力を高め、耐寒性・耐暑性・病害虫耐性及び成長を促す物質や技術の総称

――気候や土壌の違いにより「Skeepon」の有効性は変わってくるのでしょうか。得意不得意な作物はあるのでしょうか。

金さん:植物が乾燥を感じると、酢酸を自身の体内で生成し、これを刺激物質として利用し様々な遺伝子を活性化させるというメカニズムがあります。植物が本来持っている乾燥耐性や高温耐性のメカニズムを利用しているため、特に遺伝子組換え作物を利用することなく、また栽培条件や土壌の状態などを変化させることもなく、世界中のどこでもどの作物に対しても効果を発揮します。

具体的な実験結果としては、昨年日本で行われた実験では、温室内で47℃以上の環境下でトマトを栽培し、十分な収穫ができることが確認されました。また、アメリカの中西部の干ばつが起こっている地域(ネブラスカ州やサウスダコタ州など)で行われた実験では、トウモロコシに対して乾燥に耐性を持たせながら収量を増やすことにも成功しています。つまり、この商品は全世界のすべての植物種に対して利用でき、特に穀物や野菜などは安定した効果があることが示されています。

――どの作物に対しても効果が得られるのですね。特に力を入れていらっしゃる作物はありますか。

金さん:まず、植え付ける前の苗に利用することで、活着率が向上します。通常、苗は植え替え時の物理的なストレスで枯れてしまうことがありますが、この商品を使うことでストレスに強くなり根の張りも良くなります。次に、干ばつ時の栽培では、通常の半分以下の水でも同等の成長を実現できます。さらに、異常高温下でも品質劣化を抑え、安定した収穫が可能になります。育苗期から収穫までの全ての段階で利用できる商品です。収量増加や収穫物の品質向上に加えて、水や肥料の使用量低減、労働時間の削減にもつながるため、農家の方にメリットが大きい商品だと思います。

――世界的に環境に配慮した農業が推奨されていますが、「Skeepon」を使用すると肥料が減らせますか?

金さん:肥料に関しては、与える必要があり一切使わないとすることはできません。しかし、「Skeepon」を使用することで、植物体がストレスから回復するために利用する栄養量を無駄に消費することがなくなるため、トータルとして必要な肥料の量を減らすことが可能になります。当社の実験では、初期にこの商品を使用することで、追肥が不要となり、同等の収量が得られることを確認しています。肥料費用の削減が見込める点も大きなメリットの一つです。

――農家の方にとって、コストパフォーマンスが非常に高そうですね。

金さん:はい、「Skeepon」を使用することで、通常の栽培に比べて約5分の1の水分で植物を維持することが可能になります。水が不足すると生育が遅れたり枯死することがありますが、「Skeepon」を使用すると少ない水で苗管理から収穫まで生産性を確保することができます。また、これを使うことで植物が通常の半分程度の水量でも成長することができるようになります。さらには、生育を潤沢に維持することで、収穫物のサイズを揃えたり、ひとまわり大きなサイズに早く成長させることができます。しかも一回の使用で3ヶ月程度効果が持続します。これらのことから、農家さんからはコストパフォーマンスが高いという評価を頂いています。収穫物の量を増やすだけでなく、労働時間を減らしながら水の使用量も減らすことができるため、今後さらに酷くなる異常気象に対抗できる新農法の確立に向けて、効果的な取り組みとなると思います。

――農業分野での課題解決に大いに貢献できる商品だと実感しました。海外では高温や長期の雨不足など気象条件の中で起こった森林火災が増えています。山火事で燃えた森林の回復にもこの商品の効果が期待できますか。

金さん:大規模な森林に対して効果を発揮するか課題は残っていますが、植物に直接処理することで保水性を高め、森林火災の抑制にもつながると期待しています。森林火災後の植林では、土壌環境が厳しくなっていることがネックになっています。しかし、この商品を使えば樹木の保水性を高められるので、乾燥による植物体の極度の乾燥と立ち枯れを防ぎ、森林火災を予防することができると思います。

アメリカのカリフォルニア州では森林回復の取り組みが行われており、苗木に対しての活用方法も研究されています。実際にアメリカの森林局と協力し、苗木の乾燥対策に関する仕事にも携わっています。また、山火事で焼失した森林の回復にも取り組んでいます。

――SIFのお二人は、アクプランタのどこに注目していますか。

富高:注目したきっかけは、2020年の上半期にとあるピッチイベントの審査員を私がしておりまして、そこではじめて金さんのピッチをお聞きしたことです。そのイベントで、特別賞を提供して、メンターをさせていただくことになりました。出資にあたり特に注目したポイントはこの3つです。

1.独自技術の実績 2.グローバル展開のポテンシャル 3.既にマーケティングフェーズで「Skeeponシリーズ」を販売中

1つ目は、独自技術の実績です。

アクプランタ社では、植物は水分が欠乏すると体内で「酢酸」を作り出し乾燥に耐える力を元々持っているというメカニズムに着目し、独自の技術を開発しています。金さんご自身も理化学研究所出身、現在はアクプランタ社の社長に加えて東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授も兼任しており、この技術を論文でも発表しアカデミックの分野でも多く引用されている点に注目しています。

2つ目は、グローバル展開のポテンシャルです。

異常気象は世界中で問題視されており、農業生産の低下や食糧不足の課題が顕在化しています。アクプランタ社が開発する技術や商品はこういった課題を解決するポテンシャルを持っており、グローバル展開も近い将来に狙えると考えています。

原:ポイントの3つ目は、既にマーケティングフェーズで「Skeeponシリーズ」を販売中であることです。ディープテックの分野では、スタートアップ企業はR&Dフェーズで商品を開発中の企業が多い中、アクプランタ社は既に「Skeeponシリーズ」を展開しECサイト(amazon等)で販売し反響を集めています。

インタビュー風景

海洋学から植物学へ、研究成果を早期の社会実装を目指す

――金さんは長年研究活動をされてきたとのことですが、どんな分野を研究されていたのですか。

金さん:私自身は元々農業の仕事をしていたわけではありません。実は海洋生態学者になることを目指していました。当時は、海洋生態学の分野で分子生物学的なアプローチはまだ存在していませんでした。生物と環境を結びつける分子生物学という学問が重要だと感じ、大学を卒業後、奈良先端科学技術大学院大学で分子生物学の研究を行いました。特にDNAが細胞内でどのように複製されるのかについて研究していた当時は、生物は試験管の中で再現できるという極端な思想が流行しており、生命現象を再構成することが目指されていました。しかし、同時にゲノムの解読が進んでおり、解読すればするほど理解が難しくなるという課題もありました。

再構成できる部分もある一方で、説明できない部分も多く存在し、ますます難解になっていくと感じました。そこで、それらを繋ぎ合わせる学問や手法が必要だと考え、アメリカのUCLAに留学しました。UCLAで出会った先生は、DNA配列に依存せず、染色体上から遺伝子情報を効率よく読み取るメカニズムの研究をされていました。これまで説明できなかったことを説明できるようになり、さらにそれを実際の社会に実装することも可能になると感じました。

――ゲノム解析が進むにつれて生命の複雑さがより鮮明になったことで、その間隙を埋める新しいアプローチを模索されたのですね。アクプランタを創業したきっかけを教えてください。

金さん:帰国後、理化学研究所で植物に関する研究を始めました。当時はエピジェネティクスと植物との関連性について研究を行っている人は少なく、植物の環境応答性とエピジェネティクスを結びつける研究成果もほとんどありませんでした。これらを結びつけた研究分野を独自に開拓し、そこで植物の体内に存在する特定の物質を外部から与えるだけで、植物自体を強化することができる基礎メカニズムを妻(藤泰子:現東京工業大学准教授)と二人で発見しました。このシンプルなメカニズムを利用することで、植物を強化することが可能です。約15年間にわたり理化学研究所で研究を行い、このメカニズムを基にした実験を行ってきました。環境にも悪影響を与えないと考えると、この問題はすぐに解決できるし、今すぐに取り組むべきだと思いました。何人かの人に相談しましたが、自分自身がその利用価値や使い勝手を研究し、社会に実装することが一番良いという結論に至り、起業することにしました。

――会社を創業してからこれまで一番苦労したことは?

金さん:投資を受けるまでの期間は、5年ほどかかりました。最初の3年間は特に私1人プラスαと小さなチームで切磋琢磨しました。投資を受けるまでの間には、山あり谷ありと言えるような困難な状況もありましたが、私はいつも楽しんで取り組んでいました。世の中的には谷間と言われている部分も、何とか乗り越えられるだろうと思っていました。最初は植物を農作業用ではなく、切花の保存剤として使えないかと考えたり、研究者としてのスクリーニングやデータの分析を行いながら、自分の技術の特性を理解していく過程が楽しくて、実はつらいと感じたことはあまりありません。

――経営者として大切にしていることは?

金さん:一人では価値を生み出せない時代ですから、自分を支えてくれるサポーターやフォロワーが重要です。できるだけ自分に持っていない能力やキャラを持つ人を採用し、その人に任せながら事業を進めてきました。コミュニケーションを大切にし、それぞれの能力やキャラクターを活かし、認めることが重要だと感じています。

――今後、グローバルでの展開を考えられていますか。

金さん:次のターゲットとして狙っているのはアメリカ市場です。アメリカは乾燥して高温な地域が多く、特にカリフォルニアや中西部のネブラスカ州などでは穀物や飼料の生産に常に困っています。そうした地域の問題解決を提案したいと考えています。

日本国内では、農業用水の調達コストが比較的安価です。一方、アメリカでは状況が異なり水の使用量に応じた課金制度があるため、「Skeepon」によるコスト削減効果は大きくなります。旱ばつや貯水池の水量の減少によって水の供給が減ると、再度水を使用する際に追加の費用がかかることもあります。このように、水代は日本に比べて経営に直接関わる要素となります。水の使用量を減らすことは、コスト削減につながります。また、水やりにかかる労働時間も大幅に削減できます。特にアメリカのカリフォルニアでは、野菜農家の多くが灌漑チューブを使用しており、設備投資に関わる費用も削減できます。これにより、新たな設備投資を行わずに経営を維持することができます。農業の地域によっては、水に関連するコストや基準も大きく異なることがあります。

――先進国以外のより困っている地域やコストが高い地域への導入についてはどのように考えていますか。

金さん:地域の実情に合わせた販路開拓が鍵になると考えています。
新しい技術を受け入れるためには、ある程度の知識と能力が必要です。そのため、先進国で実証実験を重ね、成果を上げることが重要です。アフリカなどの地域では技術に対する知識や理解力が不足しているかもしれませんが、実際に困っている地域に対して既存の技術を導入することが最も効果的な問題解決策となるでしょう。アメリカの進展が見えてきた段階で、同時進行で次のアフリカへの進出を進める作業も行っています。現在はウガンダなどでJICAのサポートを受けながら、自分たちの範囲内で最適な取り組みを進めています。先進国での実証実験を通じて信頼性を高め、徐々に新興国への導入を図りたいと思います。

グローバル展開、エネルギー供給の分野への挑戦も

――ソニーやSIFに期待することを教えてください。

金さん:ちょうど投資を受けるタイミングで、海外での活動を増やしていく予定ですので、ソニーさんが持っている世界的なネットワークを何らかの形で活用できれば、非常にありがたいです。

――今後の展望についても教えてください。

インタビュー風景

金さん:安定した供給と生産によって食糧問題を解決することが目標です。そして、グローバル展開、食糧問題や環境問題だけでなく、エネルギー供給の分野にも取り組みたいと思っています。

富高:経済産業省のプロジェクトで、農作物からバイオブラスチックやバイオエタノールを製造する取り組みも進めているそうですね。

金さん:はい。具体的には、農地で植物を生産し、それをエネルギーに変換する作業を行い、バイオブラスチックやバイオエタノールの大量生産のための原料供給を目指しています。これによって食料や環境だけでなく、エネルギーの分野にも貢献できると考えています。例えば、産油国ではない国・地域で農業ができれば、エタノールを生産することができ、産油国に頼らずに済む可能性もあります。また、開発途上国でこの技術が使えるようになれば、経済的に支えることで、そこに住む人々の生活を守ることができます。このような視点で、世界に技術を広めるための研究開発を行いたいと考えています。

原:農業とエネルギーの両方に貢献できる商品ですね。産油国に頼らないエネルギー供給にもつながりそうです。とても可能性を秘めた商品だと思います。

金さん:官民が連携してこの技術を後押しすることで、成長スピードをより一層高められるはずです。しかし、そのためには政府の支援や関係者の協力が必要です。政府がどのような取り組みを一緒に行ってくれるかによって、進展のスピードが変わってきます。私たちは自社の技術をアピールし、期待していただき、政府や社会的な関係者の力を活用できるようにしたいと考えています。そうすれば、さらなる加速が可能になるでしょう。

――最後に、読者に向けてのメッセージを一言お願いします。またSIF富高さん・原さんの、アクプランタに対する期待も教えてください!

金さん:地球環境の改善は待ったなしの課題ですので、スピード感も非常に重要だと思います。農作物は一定の期間を要するため、時間軸が長いです。私たちの持つ技術は植物を使って気候変動に対応することに強みがありますので、農業以外の分野でも利用価値があると考えています。例えば都市緑化や公園の管理、街路樹の維持管理などにも活用できます。私たちが現在取り組んでいることを世の中に広げるために、他の人と一緒に取り組む機会や示唆をいただけることがあれば嬉しく思います。

また、私たちの商品はAmazonで販売しており、家庭菜園やベランダの植物用に、皆さんにも購入してもらえると嬉しいです。

富高: アクプランタでは、現在の地球環境問題に対して、現行農法の問題点(大量の水を使う、農薬を使う)を、植物自身が本来持っている能力(エピジェネティクス)を利用し自然に優しい方法でソリューションを提案しており、私はその点に共感しています。この技術を世界に普及していただき、会社の成長とともに、地球環境の改善に貢献していただければと思っています。ソニーとの協業機会も、引き続き、探索していきたいと考えています。 

 原: 植物エピジェネティクス技術をもとに、豊富な知見と着実な取り組みで食糧問題の解決にチャレンジされています。継続的な実証実験は順調に進んでいる一方、海外マーケティングが課題の1つでしたが、SSAPのアドバイザリー支援を通じて助言もいただいており、さらなる加速を期待しています。金さんを中心に志の高いメンバーが集まっており心強く、我々も積極的にサポートさせていただきますので、これからも引き続きよろしくお願いします!

インタビュー風景
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連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!

※本記事の内容は2024年3月時点のものです。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、760件以上の支援を25業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2024年10月末時点)

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