2023.11.20
Sony Innovation Fund presents Remarkable Startups

【特集】株式会社aba×SIF×SSAP|9億人の介護者に届けたい、排泄センサー「Helppad2」

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は2022年8月より、革新的なテクノロジーをもつスタートアップに投資しビジネスをサポートするSony Innovation Fund(SIF)と協業し、SIFの投資先スタートアップ企業に支援提供を開始しました。SSAPとSIFはこの協業により、有望なイノベーションを育み、豊かで持続可能な社会を創り出すことを目指しています。

本連載では、SIFの国内投資先スタートアップ企業を1社ずつご紹介します。
今回は、株式会社aba(以下、aba)代表取締役 宇井 吉美さんと、ソニーベンチャーズ株式会社 深田 陽子、SSAP デザイン担当 アクセラレーター(SSAPデザイナー)の清水 稔の対談インタビューをお届けします。

abaは2023年10月30日(月)、排泄センサー「Helppad2」を発表しました。Helppad2の開発にあたり、SSAPはデザインのアドバイザリー支援を実施。abaがHelppad2の開発に至ったワケは?製品発表までの知られざる裏話とは?abaの軌跡と未来に迫ります。

株式会社aba 代表取締役 宇井 吉美さん
ソニーベンチャーズ株式会社 インベストメント ダイレクター  深田 陽子さん
SSAP デザイン担当 アクセラレーター 清水 稔さん

介護の中でも負担が重い「排泄」をテクノロジーで解決!?

――まず、株式会社abaの事業概要を教えてください。

宇井さん:私たち aba は、体温のあるテクノロジーを通じて、必要なときに必要なケアを届けるお手伝いをするケアテックカンパニーです。3大介護(食事・入浴・排泄の介助)の中でも、最も負担が重いとされる「排泄」をセンサーで検知するデバイスを開発しています。私は大学時代にabaを起業し、大手介護ベッドメーカーのパラマウントベッド株式会社と共同研究を重ね、8年越しで「Helppad1(ヘルプヘッド1)」として製品化を行いました。

2023年10月30日(月)には、SIFをはじめとする皆さまから出資いただき、従来よりも小型化にすることで使いやすく検知性能が向上した「Helppad2」を発売しました。Helppad2は、介護施設での実証実験により取得した約7年分の排泄データにより、高い検知精度を実現。私たちはHelppad2を通じて介護施設で働く方々の負担を減らし、要介護の方々も快適に過ごせるような世界を目指しています。

Helppad2のキービジュアル
Helppad2のキービジュアル

――「Helppad2」は約7年分もの介護施設のデータを活用されているのですね!改めて、製品の特長や想定されている利用シーンを教えてください。

宇井さん:Helppad2は介護施設で、主に介護職の方が、自立して排泄ができない寝たきりの方を介護する際に使われています。ベッドにHelppad2を敷くだけで排泄を検知し、その情報がアプリで介護職の方に届き、排泄記録の電子化も可能です。体に非装着、便も検知可能な排泄センサーは業界でも珍しく、将来は排泄パターン表が自動作成される仕組みも備わっています。この製品を導入するとおむつを開けることなく排泄の有無が分かります。

Helppad2を実験的に使用していただいた施設からは、おむつ費用の削減ができたという声をいただいたり、使用した期間は便漏れの数が0になったり、尿漏れが導入前よりも大幅に解消されたりしたケースもあります。

Helppad2の使用イメージ
Helppad2の使用イメージ

きっかけは、老人ホームで体験した「壮絶」な介護現場

――ちなみにとても気になるのですが、Helppadの開発に至ったきっかけは?

宇井さん:abaが介護の中でも「排泄」にこだわるのは、私が大学生の時、実習先だった特別養護老人ホームで体験したことがきっかけです。実習初日、当時20歳だった私は初めて介護現場に足を運び、壮絶な現実を目の当たりにしました。最も衝撃的だったのは、介護職員が認知症の高齢者のお腹をギューッと押して便を出し切ろうとしているシーン。ものすごいうめき声が聞こえたんです。私は思わず泣きそうになりながら、「これは本人が望んでいることなのでしょうか」とその介護職員に尋ねました。そうするとその職員も「分からない」と。要介護者の家族は在宅時に排便されるとケアが大変なので、なるべく施設で済ませることを希望します。介護職員は要介護者の家族の負担を減らすためにこうしたケアをしており、要介護者がそれを望んでいるかは分からないのが現実です。

私は大きな衝撃を受け、改めて介護職員を支えたいと感じました。同時に何か自分に出来ることはないだろうかと考え始めました。別の職員にも話を聞いてみると、「おむつを開けずに排泄状況がわかれば助かる」との言葉が。これをきっかけに、排泄センサーの研究開発をすることになりました。

――介護現場のリアルな声がきっかけになり、abaの排泄センサーが生まれたのですね。

宇井さん:実は従来から、排泄を検知するにおいセンサーは製品化されていました。ただそれらは「おむつに貼る」タイプのものばかり。abaが開発した排泄センサーが画期的なのは、「おむつに貼る」のではなく「ベッドに敷く」シートタイプであり、手軽に使える点です。
開発側にとっては、おむつに貼るほうがにおいを感知しやすく作り易いです。ただ、現場の介護職員の方々には、介護が生活支援の場であることを考えると「要介護者のためにも、体に機械を付けたくない」という想いが強くありました。そこに耳を傾けたからこそ開発できた商品です。

――介護領域に挑むabaに、SIFは2022年12月に出資しています。深田さんは、abaのどこに注目していますか?

深田:さまざまなポイントがあるのですが、その中でも特に注目しているのはこの3点です。

注目ポイント 1.ユニークなプロダクト 2.介護市場の大きさ 3.介護領域の経験が豊かなメンバー

1点目は、ユニークなプロダクトを開発している点です。Helppad2は、機器を身体に装着することなく、ベッドに敷くだけでおむつの中の尿と便を「におい」で検知するとてもユニークなプロダクト。利用者のデータを収集・解析し排泄のタイミングやパターンを明確にすることで適切な排泄ケアが可能となり、介護スタッフの負担軽減とご入居者のQOL向上に貢献するソリューションです。Helppad2は初号機と比べて、価格・サイズ・検知精度・メンテナンス性が大幅に改善され、よりスケーラビリティが高まった商品になりました。

2点目は、介護市場の大きさ。介護にテクノロジーを導入していくことは不可逆的なトレンドであり、日本の要介護人口は、直近で660万人を超えて、2040年には、900万人以上まで増加する見込み(※1)。介護現場において「排泄」は最大の負担と言われています。本プロダクトは、初期ターゲットとして介護施設への導入を進めているが、在宅介護や海外展開へのアップサイドもあると考えられます。

3点目は、介護領域の経験が豊かなメンバーが揃っている点です。CEOの宇井さんは、現場をより詳しく知るために自ら介護士として施設で3年働いた経験もあり、プロダクトを開発する上で重要なユーザー視点を持っているのはチームとして大きな武器だと思いました。「介護の排泄課題をなんとかしたい」という宇井さんの強い想いと、困難な開発に立ち向かうものづくり魂をもつエンジニアが一丸となった、強い結束力の持つチームだと感じました。

左:株式会社aba 宇井さん、右:SIF 深田
左:株式会社aba 宇井さん、右:SIF 深田 

専任デザイナー不在でも、Helppad2の世界観を具現化できたワケ

――Helppad2の開発にあたっての、宇井さんの役割を教えてください!

宇井さん:プロダクトオーナー兼ユーザーです。「ユーザー」と入れたのは、自らの介護経験を踏まえて介護現場の職員の方々にヒアリングしつつ開発しているためです。
商品の開発にあたって、私は「ここに価値があるのではないか」という仮説をたて、それを現場の方々に自らヒアリングします。その後、プロダクトオーナーとして技術陣に要望を伝え、試作してもらいます。そして試作品が完成したら、現物を持って再び職員にヒアリングする…という過程を繰り返しています。このサイクルを経て、今回Helppad2が出来上がりました。

――宇井さんはCEOでありつつ、プロダクトオーナー兼ユーザーでもあったのですね。ソニー側はどのような体制で支援を行いましたか?

深田:私がSIFの投資家としてabaの経営陣とのコミュニケーションや事業のバリューアップのサポートを行う中で、具体的な課題に対してSSAPアクセラレーターがアドバイザリーを実施しました。デザイン面では清水が、他にもCS対応・品質保証面でSSAPの別アクセラレーターがアドバイザリーという形でサポートしました。

清水:私は普段、SSAPのアクセラレーターとして企業内新規事業やスタートアップ企業のデザイン支援を行っており、今回はアドバイザリーという形でHelppad2のデザインを支援させていただきました。abaさんのオフィスに伺って実際の製品を見せていただきつつ、商品性を高めるため、Helppad2の世界観にあわせてデザインをチューニングするお手伝いを実施。宇井さんをはじめとするabaのメンバーにヒアリングし、Helppad2の世界観や個々の想いを可視化・言語化した後、それらをデザインに落とし込みました。

――SIFによる出資やSSAPによるアドバイザリー支援の前、何かaba内で課題はありましたか?

宇井さん:abaには技術者はいるのですが、デザイナーはいません。また、雇おうと思ってもなかなか採用できないのが現状です。一方で、私としてはデザインにこだわり、生活に溶け込むようなデザインにしたいと考えていました。医療とは違い、介護が行われるのは日々の生活だからです。しかし、排泄センサーとして使える仕様に注力しているうちにデザインは後回しになっており、SSAPの清水さんは私と技術者の架け橋になってくださいました。

左:SSAP清水、株式会社aba宇井さん、右:SIF 深田
左:SSAP清水、株式会社aba宇井さん、右:SIF 深田

デザインコンセプト「帯 obi」に込めた強い想いとは

――ちなみに、SSAPがデザイン面でアドバイザリー支援を実施することになった背景は?

深田:SIFが出資したのは2022年12月、abaさんがHelppad2のプロトタイピングを作っているタイミングでした。ソニーはものづくりを行ってきた会社なので、ご支援できることがあるのではと思っており、普段からabaさんとコミュニケーションをとる中で、今回ちょうどデザインのフェーズで「abaさん側が必要とすること」と「ソニー(SSAP)が支援できること」がマッチング。アドバイザリー支援の話がスピーディーに進みました。

私自身もカメラ領域のソフトウェアエンジニアの経験があり、サイバーショットやα(アルファ)など幅広いプロダクト開発に携わってきました。そのため、abaさんがプロダクト開発においてどのフェーズにいるのか、次に何を検討する必要があるか自分の過去の経験を踏まえて、先読みすることができました。私はabaの皆さんの相談相手となりつつ、品質保証やリスクマネジメント、取扱説明書の作成、CS対応など、都度必要なサポートを見極めSSAPアクセラレーターとマッチングさせていただきました。

――最終的にHelppad2のデザインはどのような形になったのでしょうか?

宇井さん:清水さんと一緒にデザインを考え、「帯 Obi」をコンセプトにしたデザインをベースに、温かみのある桜色やグレーを起用しました。日本では「帯Obi」は、“細長い形状”を現す意味と同時に“行動を共にする”という意味があります。介護する側とされる側、双方に寄り添う新しいプロダクトのUXとして、人に寄り添うプロダクト・サービスをお届けしますといった意味を込めています。

清水:abaさんが描いているビジョンやHelppad2の世界観は素晴らしいものです。だからこそ、「ユーザーに対してのメッセージは〇〇で、それを表すデザインがこれだ」という点をもっと強くできると思いました。ヒアリングして明らかになったのは、宇井さんは介護業界を熟知されており、さらに将来的には海外進出も考えているとのこと。そこから発想したのが、日本特有の文化である「帯 Obi」のコンセプトや、商品を「桜色」にすることでした。

Helppad2のデザイン
Helppad2のデザイン
帯のイメージ
帯のイメージ

――清水さんがデザインのアドバイザリーを行う過程で工夫したポイントは?

清水:2つあります。まず1つ目は何よりも、起案者・作り手の想いを素直に読み取りデザインとして表すこと。2つ目は、「客観視」した上でデザインの問題解決をサポートすること。ものづくりに専念するとどうしても作り手の視点になってしまい、ユーザーの視点を持ちにくくなります。私に求められているのは「客観視」した上での「デザインの問題解決」だと思ったので、ユーザー目線で介護職の方も介護される方も心地よく使えるデザインにこだわりました。これも宇井さんが「介護する方も大変だけど、実は介護される方も恥ずかしさや抵抗がある」という言葉から得たヒントでした。

9億人の介護者に、介護を楽しんでもらいたい

――アドバイザリー支援で印象に残った点や変化があった点はございますか?

宇井さん:このインタビューのご質問のように、清水さんからは商品の特徴や想定する利用シーンをこと細かに聞かれたなと思っています。デザインする上で「どういった場所で使われているのか」「どういった人に使われるのか」をイメージしたかったのだと思います。ヒアリングしてもらう中で、我々も再確認や整理できたことが多く、Helppad2の顔になる帯のアイデアを一緒に考えることができました。

深田:変化点としては、一番は見た目だと思います。写真左がアドバイザリー支援前のプロトタイプ、右がアドバイザリー支援後のHelppad2で、製品コンセプトに沿ったデザインに仕上がりました。メディカルデバイスは青などを使うことが多く、どうしても冷たい、固いなどのイメージを持たれがちです。しかし今回は桜色とグレーを基調にし、親しみやすさや馴染みやすさが向上しました。介護される側はもちろん、介護する側も受け入れていただきやすい色合いになったと思っています。

左:試作時のHelppad2、右:先日発表した最終版のHelppad2
左:試作時のHelppad2、右:先日発表した最終版のHelppad2

――Helppad2の今後の展開にかける想いを教えてください。

宇井さん:施設で働く方だけでなくプライベートで介護をされている方まで合わせると、世界には9億人(※2)の介護者がいると言われています。Helppad2の利用が広がって、その人たちにも1秒でも多く介護の楽しさを味わってもらいたいと思っています。
Helppad1を利用している施設の中には、排泄ケアに対する興味が湧き、深く話し合うために「排泄委員会」という組織を立ち上げた方々もいるんですよ。そこではシステムに蓄積されたデータを見つつトイレ・オムツの適切な交換タイミングについて検討したり、議論で出た案を現場で検証し結果を持ち寄って…というPDCAを実施したりしているそうです。このように私たちのビジョンを実現してくれたありがたい事例がどんどん生まれてくれば嬉しいですね。

またソニーにはビジネス×エンタテインメントの力があると思っています。最近は日本でもカジノをイメージした介護施設が各地に増え、麻雀やブラックジャックに興じる高齢者達がいます。認知症の専門医もその効果に着目しています。こういった介護の次の一手を、abaとソニーで一緒に考えられたら面白いかもしれません。

深田:abaさんの商品はローンチしましたが、業界としてはまだまだ新しい商品で、これから市場を創っていくフェーズです。お客様も介護施設だけでなく、在宅介護をしている個人にも使っていただきたいなど、今後更なる展開が必要です。abaさんにはその世界を実現するポテンシャルを兼ね備えたメンバーが揃っていると思うので、今後は介護する側もされる側も、双方がテクノロジーを効果的に活用して、よりその人が望むライフスタイルを実現できることを期待しております。

清水:abaさんのビジョンやHelppad2のコンセプトに私も深く共感しています。「人が人をサポートする」「人が人にサポートされる」、この双方のコミュニケーションを媒介するのがHelppad2です。Helppad2には介護者と要介護者の2者のユーザーがいて、2者を満足させる必要があります。これは永遠のデザインテーマであり、私自身もとても勉強になる商品でした。宇井さんが仰っていた「介護する人の労力を減らし、介護される人の恥ずかしさも減らす」ことが、Helppad2ではきっと叶うと思います。

※2:国連人口基金(UNFPA)「世界人口白書2020」/IACO「Global State of Caring」より算出

連載「Sony Innovation Fund presents Remarkable Startup」では、今後も定期的にスタートアップをご紹介してまいりますので、お楽しみに!

※本記事の内容は2023年11月時点のものです。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、760件以上の支援を25業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2024年10月末時点)

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