Sony Startup Acceleration Program (SSAP)によるオリジナル連載「大企業×新規事業 -Inside Stories-」は、SSAPの担当者が大企業内の新規事業組織のトップにインタビューする企画です。
今回インタビューしたのは、日本航空株式会社(以下JAL)。JALでは、人財とテクノロジーを融合し、JALならではのサービス・価値を生み出すことでさらなる事業成長を図るべく、2017年より新規事業組織を設置。業務のデジタライゼーションに加え、CVC(Corporate Venture Capital)として投資も行いつつ、社内外のイノベーションを促進するための活動を行っています。
日本航空株式会社 デジタルイノベーション本部 イノベーション推進部 部長 斎藤 勝さんが語る、新規事業組織をゼロから1人で立ち上げた裏話、航空会社が取り組む意外な新規事業とは?JALの新規事業組織のリアルに迫ります。
社長からの言葉は「新しいことをやってくれ」
――早速ですが、JALの新規事業組織はどういったきっかけで立ち上げましたか?
JALは2010年に事実上の経営破綻を経験しました。その後、再生して再上場できることになった時、当時の社長が行った改革の1つに、新規事業組織であるデジタルイノベーション推進部(現、デジタルイノベーション本部)の設立があったのです。
当時のJALが行っていたのは、利益を最大化するために無駄をなくす"コストコンシャス"な経営。社員は我慢に我慢を重ねていたと思います。その結果、会社の雰囲気や社員のマインドとしてもなかなか新しいことへのチャレンジをしづらい状況に。当時の社長はこの点を課題に感じていました。そんな状況を打破するため、2017年、チャレンジしやすい仕組みや環境を整備するべくデジタルイノベーション推進部が出来たのです。
部署が出来たは良いものの、最初のメンバーは私1人のみ。社長に言われたのは「新しいことをやってくれ」「ワクワク楽しいことをやってくれ」ということでした。最初は1人で「この部署で、何をやれば良いだろうか?」と考えることからスタートしましたね。
――たった1人で「何をするべきか」を考えることから始めたのですね。ちなみに、まずは何から始めたのでしょうか?
新規事業組織には、まずは"人"と"場所"が必要だと考えました。
人を集めるためには、グループ社員から新規事業に携わりたい有志を募る「ラボ会員」の仕組みを作ったり、新規事業に必要なテクノロジーを持つ他社の方々とパートナーシップを組んだりしました。現在は、日本アイ・ビー・エムや日本電気株式会社(NEC)など多くの企業とパートナーになっています。
場所としては、2018年4月にオープンイノベーションの拠点として「JAL Innovation Lab」をオープンしました。
組織が立ち上がったばかりの頃は他社の新規事業の事例を見るべく、海外も含めていろいろな会社に行きました。実はその頃、ソニーのSSAPにも伺いました。責任者の小田島さんにCreative Lounge(クリエイティブラウンジ)を案内いただいたことを覚えています。
SSAPの方々も含め企業内で新しい活動をしている人たちは、オープンにノウハウや事例を教えてくれました。私たち自身もその姿勢を受け継ぎ、情報を閉じないように、オープンに発信しています。他社からの視察やヒアリングにも出来る限り対応するようにしていますし、JAL Innovation Labの公式サイトでも意識的に情報を発信中です。
パイロットや客室乗務員までもが、新規事業プロジェクトに参画
――組織の立ち上げ当時、ソニーにもいらっしゃったのですね!まずは"人"を集めるべく整えたという「ラボ会員」の仕組みについてもう少し詳しく伺いたいです!
JALには約36,000人のグループ社員がいます。ラボ会員は、社員全員を対象に新規事業に興味がある有志を募り、私たちの組織で一緒に活動してもらう仕組みです。人事的な制度でも許可をもらっていて、ラボ会員になる場合は事前に上長にも許可をとっておくことが条件です。
――面白い仕組みですね。どういった方が集まっているのですか?
会員は約200人いますが、バックグラウンドは本当に多種多様。普段は空港でオペレーション業務をしていたり、パイロットや客室乗務員、整備業務をしていたりする社員もいます。「新しいことをやりたい」と考える人が集い、新規事業や業務改善のアイデアを出し合ったり、新規プロジェクトを手伝ってもらったり。空港や飛行機の中でPoC(実証実験)を行うことになれば、ラボ会員のメンバーに現場リーダーとして推進してもらうこともあります。
ラボ会員は、現場の生のアイデアを提供してくれることはもちろん、現場のリーダーにもなってもらえる、活動する上での大事なパートナーです。
実験場のような"場所"を作った
――オープンイノベーションの拠点として創られたという「JAL Innovation Lab」は改めて、どういった場所ですか?
私たちは、JAL Innovation Labを通称「ラボ」と呼んでいます。こういった拠点が1つあることで、社内外の人が集まってくれますし、そうすると必然的に情報も集まりやすくなりました。
ラボはJAL本社から5分くらい離れた、天王洲の運河沿いにあります。本社の会議室の一角を「ラボです」と言っても、どうしても「リスクは大丈夫か?」「費用対効果は?」といった議論になってしまいがちだと思います。敢えて本社とは全く違う雰囲気の場所に、ちょっと歩いて移動することで「新たなチャレンジをしよう」というマインドセットに切り替えられる効果もありますね。
ラボのような施設を会社の中に作るケースはよく見かけますが、コワーキングスペースとしてのみ機能していたり、ショーケースのような役割を担ったりすることが多いと聞きます。しかし私たちのラボは、常に新たなチャレンジをする"実験場"のような場です。
――JAL Innovation Labでは"実験"がよく行われているということでしょうか。
新規事業を生み出す過程では、プロトタイプを使って実験してみることが不可欠。しかし作ったものを空港や機内など実際の場面で試すことのハードルは非常に高いです。そのため、本番テストの前にまずはラボで出来る範囲で、実験をするようにしているのです。
ラボではお客さまが空港に到着してから飛行機に搭乗するまでの一連の流れに合わせて、チェックインカウンターや搭乗ゲート、機内の座席の様子までを再現。現場のメンバーや、場合によっては社外のパートナーにもラボに来てもらい、まずは簡易的に試すことで「このポイントは改善が必要かも」「現場ではここを実際に試したい」という確認ができます。例えばラボ内のチェックインカウンターや搭乗ゲートで、アバターによる遠隔接客や顔認証システムの実験が手軽に行えます。
――なるほど。よりスピーディーに、かつ関係者と共通認識を持ちながら実験を進めるために、ラボは重要な役割を果たしているのですね。
はい、例えば空港はセキュリティが厳しいので、プロトタイプや機材を持ち込もうとすると検査や手続きが大変です。さらに飛行機の中でテストしようとするものなら、さらに大変。実験できるのは手続き開始から2~3か月後ということはざらにあります。さらに天候の関係で、テストが延期になってしまうことも。
こういった条件に加え、現場のメンバーの理解を得ることにも一苦労します。航空会社はいかに安全・安心に、効率的に飛行機を飛ばすかを考える必要があるので、現場では、いつもと違うことはやりたくないと考えるのが普通です。プロトタイプの実験は彼らにとってはリスクでしかなく、もってのほかなのです。
ラボが出来たことによって各段に、より効率的に新規事業創出のためのサイクルを回せるようになりました。
>>次回 【JAL編 #2】 最初の壁は「いかに社内の信頼を勝ち得るか?」だった につづく
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※本記事の内容は2022年9月時点のものです。