※プロジェクト名称は、2022年1月より「STAR SPHERE」に変更となりました。
ソニー・東京大学・JAXAは、「宇宙感動体験事業」の創出に向けて三者で共創契約を締結し、ソニーのカメラ機器を搭載した人工衛星の開発を開始することを発表しました。現在、SSAPが運営するクラウドファンディングサイト「First Flight」にて、宇宙視点による新しい価値創出と事業探索を行う『Sony Space Entertainment Project』の共創パートナーの募集を行っています。
本連載では、Sony Space Entertainment Projectのメンバーの方々お一人ずつに、それぞれのプロジェクト参画の経緯や業務内容、プロジェクトにかける想いなどをインタビューしていきます。
今回は、ソニーで設計・開発チームでメカ設計と環境試験を担当する吉竹 大志(よしたけ・たいし)にインタビューしました。
「ロケット打ち上げ時の振動に耐え得るか?」試作機を作り、宇宙環境で試験。
――吉竹さんのSony Space Entertainment Projectでのご担当領域は?
私はエンジニアとしてメカ設計に携わりつつ、衛星の環境試験を担当しています。
――メカの設計、具体的には何をしていますか。
プロジェクトに参加した初期の頃は、唯一のメカ担当として衛星に組み込むカメラの選定から初期段階での配置設計を担当しました。今回挑戦している衛星は超小型と呼ばれるジャンルで、ロケットに搭載するためのサイズ規格が決められています。その限られた空間の中で、打ち上げの大きな振動に耐えられるような固定方法を検討したり、宇宙放射線の影響からカメラや制御基板を守るための遮蔽方法を検討したりと、東大の船瀬研の方々と連携しながら宇宙機ならではの視点で設計を進めました。特に放射線の影響に関しては、粒子加速器を使った試験を実施せねばカメラの実力が把握できないため、試験の準備と並行しながら衛星の設計も手探り状態で進めました。
現在はメカ担当のメンバーも増え、より詳細なメカ設計に入っています。衛星がある程度形になり始め、Engineering Modelと呼ばれる試作機を製作できる段階に入ってからは、本格的に宇宙環境を想定した試験を行って課題を抽出していく必要があるので、現在はメカと環境試験を両方とも担当しています。
――衛星の試作機を作り、宇宙環境を想定した試験をしているのですね。これまで例えばどんな試験をしましたか。
ご存知の通り、宇宙は地上とは全く違う環境です。例えば宇宙は「真空」ですし、「放射線」の影響もあります。またロケット打ち上げ時の大きな「振動」にも耐える必要があります。これらを再現できる試験場で、カメラや基板を様々な条件の環境にさらし、それらが想定通り動作するのかを確認しています。一部の振動試験や温度試験等はソニー内の設備を利用しますが、宇宙環境を模擬するための試験設備は、東大の施設や外部の研究機関の施設等を借りています。どんな試験を実施すれば宇宙での性能を正しく評価できるのか、どの施設であればそれが実施できるのか、ソニーとしては知見が十分でなかったので、船瀬研やJAXAのメンバーと連携しながら開拓していきました。
2020年5月頃からは2か月に1回ほどのペースで、約10回は試験を行ってきました。
一例として、「熱真空」と呼ばれる試験があります。カメラやレンズを真空容器に入れて加熱・冷却を繰り返す試験です。宇宙空間は真空であるだけでなく、太陽光が当たれば衛星は加熱され、地球の影に入れば冷却されるというサイクルを繰り返します。また、真空ということは空気がカメラ表面の熱を奪い去ってくれないので、地上で使うより冷却が難しく各部の温度差も大きくなります。さらに、カメラやレンズが真空中で高温にさらされると、様々な物質が急速に蒸発をはじめ、レンズ等の光学部品に付着して悪影響を及ぼします。例えばレンズの摺動部に使われているグリス(潤滑剤)等が代表的な懸念材料です。そういったリスクを打ち上げ前に洗い出し、宇宙で問題なく使えるということを実証するために、適切な試験シナリオを考えながら実施しました。
熱真空試験では、設備がソニーで実施される温度試験のように温度制御が自動化されているわけではなく、供試体にどんな変化が起こるか未知数な部分があったので、試験の間、試験場にほぼ付きっきりだったこともあります。
――ソニーの既存の製品でも環境試験を行うと思いますが、それらと違う点は?
地上と宇宙では環境や使用シーンが大きく異なるので、既存商品とは違う点が多いです。例えば振動試験一つをとっても、ソニーの既存商品では人が使うシーンを想定して「使用時や輸送時の振動に耐え得るか」を確認しますが、このプロジェクトでは「ロケットの打ち上げ時に発生する振動に耐え得るか」の確認をします。
打ち上げ時の振動というと、既存商品の輸送時の振動と似た試験に思えますが、既存商品は発泡スチロールやダンボールで振動や衝撃を吸収できるのに対し、ロケットに搭載される衛星にはそのような手厚い保護はありません。振動の大きさは、既存商品の実に10倍近くなることもあります。さらに、衛星に加わる振動の種類も高周波を含んだものになるため、構造を破壊する原因となる共振現象に対して注意をはらう必要があります。一方で、打ち上げ時にかかる振動は長くとも数分なので、長時間の耐久性を要求されることはありません。この点は既存商品に対して有利な点ではあります。
他の試験としては、宇宙環境での耐久試験があります。衛星を打ち上げてから何年間か運用していく間に、カメラのシャッターであったり、レンズのズーム・フォーカスであったりといった駆動部品が繰り返し動作します。もちろんソニーの製品として作られているので地上での耐久性は保証することができますが、宇宙は真空なので、例えばグリスといった摺動用の材料が蒸発して動かなくなってしまうことも考えられます。そうならないように、カメラやレンズを真空容器に入れて繰り返し動作させ、運用期間のあいだに動作する回数を十分に上回る耐久性があることを検証します。この試験を実施するにあたっては、ソニーのカメラ・レンズチームのご協力をいただいています。
また、実際の宇宙では様々な影響が同時に作用します。例えば、真空かつ高温で、放射線が当たり、その環境下でカメラやレンズを動かすといった具合です。これらの影響を地上で同時に試験することは困難なので、それぞれの要素ごとに検証しています。想定される環境よりさらに過酷な条件で試験を行ってマージンを確保したり、耐久性の低下をモニタリングして寿命予測を行ったりと、宇宙環境を完全に再現できなくとも性能に問題がないことを証明するために様々な工夫をしながら検証しています。
入社3年目、プロジェクト最年少。
――プロジェクト参画のきっかけは?
私はエンジニアメンバーのうち最年少で、2019年にソニーに新卒で入社したばかりです。初期配属はプロジェクターの設計。約2年間、データプロジェクター(VPL-GTZ380)のメカ設計を行い、量産まで携わりました。これからのキャリアの中で、量産の経験を最初に積めたのは大きな財産になると感じています。
プロジェクト参画のきっかけは偶然の出来事でした。入社時に部署内で自己紹介プレゼンを行ったのですが、その時にこのプロジェクト関係者に声をかけていただいた繋がりから参画に至りました。大学では東大の小泉研にて宇宙工学を研究していたこともあり、その知識や経験は現在の衛星のメカ設計や環境試験等に大いに役立っていると思います。
――入社3年目でのプロジェクト参画は珍しいケースだと思いますが、迷いはありましたか。
本プロジェクトは、ソニー内に知見の少ない宇宙開発を少人数で進めているということもあり、それぞれが専門家として活躍するというよりは、専門分野以外の課題にも積極的に挑戦し、手探り状態でも解決を目指していかなければならない環境です。たしかに、長期的な自分のキャリアを考えると、メカエンジニアとしての軸足がブレて中途半端になってしまうのではないか、という懸念はありましたが、最終的には参画することに迷いはありませんでした。
今取り組んでいることが将来どう生きるかは分からない。だからこそ今やりたいと思えることを学び考え実践することを高密度でできる環境に身を置いていたいと思っていました。なかなか巡り会えないチャンスをいただいたことは事実で、このチャンスに再び恵まれる保証はどこにもありません。このタイミングでプロジェクトに携われたことをとても嬉しく思っています。
――環境試験をしている中で、どんな瞬間が楽しいですか。
試験がうまくいき、特に不具合が無かった時でしょうか。ホッとする瞬間であり、ある種の達成感があります。例えば、宇宙環境の最初の試験で無事カメラのシャッターが切れた瞬間がこれまでで一番ホッとしました。次に最も楽しいと思う瞬間はきっと、2022年に実際に衛星が打ちあがって、軌道上で思った通りに動いた瞬間だと思います。
衛星を、3Dプリンターのような気軽な存在に。
――最後に、Sony Space Entertainment Projectにかける想いは?
ソニーの中で、宇宙を舞台にした事業に取り組むのは初めて。これはつまり、ソニーの会社としての宇宙への関わり方を左右する重要なプロジェクトであるということです。その点ではプレッシャーを感じる時もありますが、一方でチャレンジングな機会だと捉えています。これまで、宇宙に関わる人は極わずかの限られた人たちだけでしたが、これからは誰もが気軽に宇宙に触れて、写真や映像を撮ったりできるようになります。
また、エンジニアの目線ではありますが、宇宙が身近になることで人工衛星を作るという活動にもどんどん人やアイデアが集まってくる時代が来ると思っています。これはある種の、「人工衛星の3Dプリンター化」です。3Dプリンターをお持ちの方は分かると思いますが、市販で売られているものをそのまま印刷してもあまり旨味はありません。買ったほうが安くて高品質です。むしろ世の中にないものを作りたいというモチベーションを形にするためのハードルを大きく下げるものだと思っています。宇宙開発もそういうフェーズがきっとやってくると私は推測しています。宇宙で実現したい構想があれば、その手段としての衛星作りの敷居が下がることで、宇宙開発が産業・コミュニティとして大きく発展していくと考えています。本プロジェクトの先には、そんな未来があるんじゃないかと思っています。
また個人的には「自分にできることを手当りしだい増やしたい」というモチベーションがあります。メカ設計を軸足に置いてはいますが、必要に応じてちょっとした基板も作るしプログラムを書いたりもします。勉強して頑張れば自分にもできそうだなと思えば実践してみて、さらに次の足がかりにします。自分の身の回りの課題を自前で解決する、その根底にあるのはDIY精神といえるかもしれません。
本プロジェクトは開発全体を見渡せる規模感のチームで、システムや電気の設計/評価にも参加できているので、自分のスタンスと合致していると感じます。このプロジェクトにまずは全力で取り組み、長期的にここでの経験やノウハウが次のステップに活かせると信じています。
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※本記事の内容は2021年12月時点のものです。