Sony Startup Acceleration Program(以下SSAP)は2019年度に東京大学と、2020年度からは東京藝術大学と社会連携講座を開講しました。企業と大学・学生が連携し、スタートアップを創出する「産学協創エコシステム」の発展を目指しています。本講座では、年1回のニーズ検証結果をピッチするイベント「オーディション」を軸に、「トレーニング」、「ワークショップ」等が行われています。
今回は、東京藝術大学にて行った講座でリーダーとしてチームを率いた3人(東京藝術大学 美術学部 デザイン科 修士1年 武藤琴音さん、同 美術研究科 デザイン専攻 修士1年 原木友寿那さん、同 美術研究科 デザイン専攻 修士1年 土田恭平さん)にインタビューしました。
作品を世の中に出すために、どんなアプローチが必要なのか?
――講座に応募したきっかけは?
武藤:コロナ禍、大学に行って制作することができなくなった中で「何か新しいことができないか」と思い受講しました。私は現在修士1年で、学部時代は社会実装とは無縁の制作を行なっていました。「自分の作品を世の中に出すためにどのようなアプローチが必要か」を学べるかもしれない、と思ったことも一つの理由です。
原木:私が所属している研究室の先生から、「作りたいと思っているものがあったら、人や企業の力を借りて作ることができるよ」とお誘いいただいたのがきっかけです。私は今までずっと一人で作品を作っていたので、「外部の人と協力して作品を作ったらどうなるんだろう」という好奇心から受講を決めました。講座には「社会連携講座」という名前がついていたのですが、自分の作品を社会実装したい等の具体的な目標や意気込みは、実は持たないままで講座に参加しました。
土田:私も、所属している研究室の先生の紹介でこの講座を知りました。事業経験のある人からビジネスが学べる機会はあまりなかったので、興味を持ちました。普段、大学で作品を作る時は「課題のための作品」になることが多いため、課題が終わると制作も一旦止めることが普通です。しかしこの講座では作品を社会と連携させながら進めることができるのが、他にはない魅力だと感じました。
――講座では3人ともチームリーダーをされたとのことですが、チームはどのように組みましたか?
武藤:初めは同じ研究室の藝大生と、もともと知り合いだった東大生と計3人で目標を固めていきました。10月ぐらいからは、このプロジェクトの作品を出展した東京大学制作展で知り合った東大生2人が加わりました。東大生のメンバーにはハードウェア・ソフトウェアの開発をやってもらっていましたが、プロジェクト終盤は実験やインタビューを一緒に行いました。
原木:私は、講座の中でプロダクトのコンセプトを発表したところ、ソニー(SSAP)の方から社会実装を目指してみませんかとお声がけをいただき、チームメンバーを探すことになりました。チームメンバーには、考え方やコンセプトのまとめ方が独特で面白いなと思っている同級生の方に参加してもらいました。
土田:私の場合は、もともと自分が制作していた作品を改良していく形で進めていたので、メンターの方々と進めつつ、結局最後まで一人で取り組みました。結果として、ワークショップからプロダクト制作まで様々な方向性を身軽に考えられ試せたのは良かったと思います。
「自分が作りたいもの」と「ニーズとコスト」とのバランスに苦労。
――講座ではどのようなトレーニングを受けたり、フィールドワークを行ったりしましたか?
原木:講座では様々な領域の方がゲストとして参加され、お話を伺える機会が多かったです。私が取り組んでいたプロダクトの企画等についてのアドバイスもいただけました。社会実装を目指すにあたり、多方面での調査が必要になるシーンが多かったのですが「〇〇さんが専門だから聞いてみようか」とSSAPの方から専門家をご紹介いただいたこともありました。人と人の繋がりがデザインのクオリティにも強く影響することを実感しました。講座の参加者同士でお互いの知見や技術を随時共有できたことも、この講座の魅力のひとつだったと思っています。
土田:講座ではミッション・ビジョン・バリューやビジネスモデルキャンバス等、事業としての価値の整理の仕方などを教わりました。「どうやって利益を出すか」という視点は普段の課題では考えることがないため、はじめは非常に大変でした。しかしアンケート調査やユーザーインタビュー、ニーズ検証などを行うにつれて現実味が湧いてきて、無事最後まで取り組むことができました。
――講座の半年間で一番苦労したポイントはどこでしたか?
武藤:私のチームは藝大生と東大生のメンバーがいたので、東大側の思考と藝大側の思考を調整することに苦労しました。論理的に考えることが多い東大生と右脳的に物事を発想することが多い藝大生。真反対の思考で時に反発することもありましたが、少しでも溝を埋めるために工夫をしました。
原木:私のチームが制作したプロダクトはコンセプトが少し特殊だったこともあり、チーム内で最終成果物のイメージが共有できていなかった講座の序盤のタイミングでは、特に苦しみました。またチームでのディスカッションでは、自分の考えを思うようにと伝えられない場面があったり、理想的なスピードで進められなかったりと反省点もいくつかあり、チームワークの面で学ぶことが非常に多かったです。
土田:「自分が作りたいもの」と「ニーズとコスト」の調整に苦労しました。基本的に、普段の課題のように好きなように作るとコストが高くなりすぎて、採算が合いません。また実際にユーザーテストをすると強度問題など、商品としてのハードルの高さを実感しました。自己満足で終わらせずに自分とユーザーが納得する妥協点を見つけることは今も苦労していることですが、試行錯誤しながら作ったものがユーザーの人に喜んでもらえた時は嬉しかったです。
講座で育んだチームワークで、次のステージはミラノサローネへ。
――では、講座の中で一番学びになったことは何でしょうか?
武藤:東大生のメンバーと藝大生のメンバーの考え方・プロセスの違いの発見が、一番の学びになりました。衝突することも多々ありましたが、藝大生のメンバーがアイデアを発想し、東大生のメンバーがその話をまとめ今やるべきことを絞り出すという役割分担が自然と出来た時、うまくチームの歯車が噛み合った気がしたのを覚えています。
原木:他大学の方や企業の方と関わりながら一緒にものを作るのは、私にとって貴重な経験でした。今まで美大の中での交流しかしてこなかったので、それ以外の領域の人と触れ合うのは驚きがあり、狭い視野が少し広がったような気持ちです。また、チームで取り組む中で自分を改めて客観的に見て、得意な部分と足りない部分を知ることができたのもいい経験だったと思います。あとは「これがやりたい」と手を挙げると、自分の想像以上に協力してくれる人はたくさんいることも発見になりました。
土田:私は今回の講座でものづくりを事業の視点で見る経験をしたことにより、世の中に出ているものの「品質の高さ」と「値段の安さ」を改めて実感しました。また講座では、ソニーでスマートフォン事業に関わっている方から製品の量産の過程等の話を伺う機会がありました。その規模感は私の想像を超えるもので、衝撃を受けました。講座に参加していなかったら学生のうちにそのスケールを実感する機会は無かったと思います。
自分が今作っているものはスマートフォンのような規模の量産品ではありませんが、関わった人がそれを誇りに思えるようなものを作っていきたいです。
――今後のチームの展望は?
武藤:今回の講座で作った作品で終わらず、このチームで他の作品も作れたら素敵だなと思っています。講座が終わった後も、産業交流施設「SHIBUYA QWS」を拠点に活動をつづけています。まずはこの講座でブラッシュアップされてきた作品をミラノサローネで展示したいと考えています。将来どこかの家や店舗でこの照明が使われる日が来るように、日々チームで制作を続けています。
原木:まだ明確には決まっていませんが、講座で作った作品を企業に持ち込み商品化できたらいいなと考えていました。企業に持ち込むには実績が必要だというアドバイスもいただいたので、まずは100個ほど作りデザインフェスタで販売しようと考えています。製品面でもビジネスプラン面でもブラッシュアップをしつつ、引き続き取り組んでいく予定です。
土田:私は講座で作った作品を2021年9月開催のミラノサローネに展示する予定なので、それまでにブラッシュアップを重ねる予定です。また、これまでは一人で制作を進めてきましたが、ようやく方向性も決まってきたので、共に活動してもらえる仲間もこれから探していけたらと思っています。