Sony Startup Acceleration Program(以下SSAP)は、2019年度に東京大学と社会連携講座を開講しました。企業と大学・学生が連携し、スタートアップを創出する「産学協創エコシステム」の発展を目指しています。本講座では、年1回のニーズ検証結果をピッチするイベント「オーディション」を軸に、「トレーニング」、「ワークショップ」等が行われています。
今回は、社会連携講座が設置されている東京大学 大学院工学系研究科の大久保研究科長に、工学系研究科のオープンイノベーションの取り組みや本講座の振り返りをインタビューしました。
スタートアップに携わった経験も。「オープンイノベーション」を工学系研究科内でも広めたい。
――大久保研究科長の東大でのお立場を教えてください。
大久保:現在、東京大学 大学院工学系研究科の研究科長、工学部の学部長をつとめております。工学系研究科は18専攻、2付属施設、9付属センターから構成されており、大学院の研究科の中で一番大きい組織です。
――社会連携講座を実施することを決められたきっかけは?
大久保:私自身、約7年前にスタートアップに携わりました。時代の変化が著しい中、工学系研究科内でオープンイノベーションを広く実践したいという想いがありました。東大全体でもそういった活動が盛り上がりつつありますが、まず工学系研究科の中で体制整備したいと考えていた折、ちょうど良いタイミングで、ソニーさんとの社会連携講座を実現できました。
――工学系研究科全体として、外に開いた活動を始められているのですね。
大久保:はい、社会と大学の接点を飛躍的に増やすべく、今年度、工学部内に「人工物工学研究センター」と「システムデザイン研究センター(d.lab)」を設置しました。前者はモノづくりと情報系の融合、後者は半導体のプラットフォーム創出を目的にしています。また、学生が自由にモノづくりに取り組める工房も準備中で、近々完成予定です。様々な企業からも反響を頂いています。
“フォワードキャスティング”ではなく、“バックキャスティング”。それはいずれ、未来を創ることに繋がる。
――社会にとっても学生にとっても、新たな取り組みになりそうですね。
大久保:日本・世界の未来を担う学生を育てていきたいという想いがあります。学生達には、現状に流されずに、自分自身の「なりたい姿」をしっかりと描き、それを実現していってほしいと考えています。
今日、環境、医療、エネルギーなど、全ての分野が複雑に絡み合っています。とりわけ日本では、“課題先進国”と言われているように様々な課題が浮き彫りになっていますよね。高齢化問題から、通勤地獄の問題までジャンルは様々。この状況を若者たちが、彼・彼女らのユニークな視点で打破し、“課題解決先進国”になることを理想としています。
学生達の視点で考えると、こういった社会でのチャレンジを、ぜひ「面白く、楽しんで」やって欲しいと思うのです。最近の就職活動では、学生達が「なりたい自分」を思い描く前に、就職先に自分を合わせにいく風潮があると言われています。それは、学生達が自らの未来の可能性を閉ざしていくことを意味します。現状の“フォワードキャスティング”ではなく、ぜひあるべき未来の“バックキャスティング”で自分のキャリアを描いて欲しいと思います。
――バックキャスティングの姿勢、大切ですがなかなか難しい部分もありそうです。
大久保:大学では高校生までとは違い、「生徒」から「学生」と呼ばれるようになります。「授業」から「講義」へ。「教わる」から「学ぶ」へ。その一方で、大学生になり選択肢が増え、自分が何をしたいのか、何をすれば良いのかがわからなくなる学生もいます。大学に入ったら、自分の意志で学び、「未来の社会をどうやってつくっていくか」を実践的に考える機会があると良いと考えました。その実現のキーワードとなるのが、アントレプレナーシップです。
学ぶのは、自分達のため。新しい社会・可能性の礎を、工学系研究科で築く。
――工学系研究科の全体の取り組みの中で、ソニー・SSAPとの社会連携講座はいかがでしたか。
大久保:「実践的に考える」場であった点は非常に学生のためになったと思います。座学で知識を教えるだけではなく、実践的な知恵を身に着けさせる教育が必要です。
また「知的財産権が起案者である学生に帰属する」という点も非常に重要なポイントで、魅力的でしたよね。学生達もやりがいが持てるものと思います。
――講座に参加した学生も、それぞれのチームで試行錯誤しながらも新たな学びが多かったと言っていました。
大久保:そうですよね。仕事は一人ではできないので、「チームをどうやって動かしていくか」という点もぜひ学んで欲しいポイントです。私の今の仕事も、スタートアップでの経験でも、要は「チーム」、「ネットワーク」です。日常生活でも、私の時代は人が集まらないと何も出来ませんでしたが、今はゲーム等も普及し、一人でも充分楽しめます。下手をすると、チームで何かをする機会の無い若者も増えているのではないでしょうか。
GOLD AWARDを受賞したチームの学生メンバーを、ヨーロッパのInnovation Tourに連れて行っていただけることは、学生にはとても貴重な経験。今は修士の学生向けではありますが、もっと早いタイミングで、学部時代にも経験してもらえるようになると良いと思います。
――今後の社会連携講座への期待、来年度の展望は?
大久保:この社会連携講座には、「すぐにスタートアップが出てくる」ということよりも、「学生たちが自分の未来を自分で思い描き、新しい道を切り拓いていく」きっかけになることを期待しています。この講座に携わる教員自身も成長するはずです。そういった個々人の、新しい可能性が出てくることが一番大きな期待です。
また、ソニーさんが立ち上げたこの講座の取り組みに、他の企業も興味を持っています。大学と企業が一緒になり、新しい価値をつくっていくという姿勢が、社会に刺激を与え始めたのだと思います。
工学系研究科のオープンイノベーション、アントレプレナーシップの活動をきっかけに、活動に携わる全ての人が、未来の社会をつくるための礎を築いてくれることを望んでいます。そのための準備を、我々も進めています。いずれは一度社会に出た人も、こういった講座に戻ってくることがあっても良いですよね。講座が輩出した人がまた別の場所で新たな世代に刺激を与え、そんな循環が社会に生まれることを期待しています。