2020.10.15
EPコバヤシの「ビジネスのつくりかた」

#03 【後編】世界・金融・宗教・経済・歴史を踏まえ、どう生きるべきか

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)のアクセラレーターは、新規事業の立ち上げを支援し加速するマインドセットとスキルを兼ね備えたプロフェッショナル集団です。それぞれが実際の事業経験を通じて学んだ豊富で専門的な知識を持ち、様々な分野で新規案件の事業化や収益化をサポートしています。

本連載では、SSAPでエグゼクティブプロデューサーとして様々な案件を担当するアクセラレーター 小林 敬幸 (以下コバヤシ)の独自の視点で「ビジネスのつくり方」を解説します。

今回は、いまコバヤシが注目する、立命館アジア太平洋大学(※)の実践型課外プログラムのAPU起業部「出口塾」と、そのリーダーを務める出口治明学長ご自身を「前編」「後編」に分けてご紹介します。

※立命館アジア太平洋大学(APU):大分県別府市に本部を置く私立大学。留学生と日本人が半数ずつ在籍するAPUでは、日本語と英語による日英二言語教育システムを展開。キャンパスでは多国籍・多文化環境を実現しています。

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ナビゲーター

コバヤシ(小林 敬幸)
2016年ソニー入社前までの30年間、三井物産株式会社(以下三井物産)にて様々な新規事業を育成。
著書に『自分の頭で判断する技術』(角川書店)、『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『ふしぎな総合商社』(講談社+α新書)など。

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こんにちは、コバヤシです。

連載第3回目の今回は、多くの海外留学生を受け入れている立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長に、コバヤシがインタビューしました。APUは2018年に、将来本気で起業をしたい学生を支援するため、自らがベンチャー企業の起業家であった出口学長ご自身がリーダーを務める「APU起業部」(通称:出口塾)を発足させました。「APU起業部」は、学生の中から起業家を育成し、国内外で活躍してもらう実践型課外プログラムです。
出口さんが、ライフネット生命保険株式会社を設立したとき、私(コバヤシ)は、協力しました。

後編では、そんな出口学長の「世界・宗教・経済・歴史に対する考え方」から私が学ぶことを、3つのキーワードと共にご紹介していきます。自らが起業家であり、その経験をもとに起業を目指す学生を教育する出口学長から、ビジネスのつくり方のヒントを得ました。

立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 学校法人立命館副総長・理事 出口 治明さん(写真中央)

キーワード❶ 宗教:イスラム教から学ぶ、合理性の重要さ

コバヤシ:出口さんは著書「哲学と宗教 全史」で、世界史、哲学、宗教について解説されています。特に私は、イスラム教に関する考出口さんの考えに共感しました。ビジネスパーソンの皆さんに、少しでも哲学や宗教について興味を持ってほしいです。イスラム教から、どう学ぶべきですか。

出口:13世紀になると、イスラム教がアジアに本格的に入って来た。今、イスラム教の人口は、中東よりも、アジアのほうが多い。インドネシア2億人、インド1.7億人、パキスタン1.6億人、バングラデシュ1.3億人、エジプト0.8億人、イラン0.7億人 トルコ0.7億人、サウジアラビア0.3億人、日本は、アジアに依存しているからこそ、イスラム教は、重要。

コバヤシ:「哲学と宗教 全史」で、商人であったムハンマドが開祖になったイスラム教は合理的と、説明されています。

出口:イスラム教には、神と人間との契約をはじめとして、商人らしい合理的な論理がある。
キリスト教は、専従の司教や司祭がいるので、お布施的なお金を求める。イスラム教では、専従者がいない。専従ではなく、例えば床屋のおじさんがウラマー(イスラム神学者)で、説教をする。維持するコストが安い。信従になるための必要な事項は、二つだけ。①神は、アッラーフ ②ムハンマドは、最後の預言者。これだけだ。

世間では、イスラム社会の一夫多妻制をしばしば批判する。といっても、多妻だと、男性のほうが大変なので、イスラム教徒の99.9%が、1対1の夫婦。妻が4人なのは、王候くらい。ムハンマドの時代は戦争が多かったので、多数の未亡人を救うための策だった。イスラム教は男女差別というのは、間違えた理解。イスラム教徒の多いアジアの4か国では、全て女性の大統領や首相が誕生している。日本やアメリカが女性差別だと、イスラム圏を批判できない。イスラム教の国から来ている女性学生も、自国で活躍している。カレン・アームストロング(元キリスト教修道女)の著作「ムハンマド」が、お勧め。

キーワード❷ 経済:SDGsに必要な、分断と強調

コバヤシ:世界で注目されている、SDGs [持続可能な開発目標]について、出口さんはどう考えていますか。

出口:SDGsは、「ファクトフルネス」(ハンスロスリング著)の「事実に基づいて世界を見なさい」の範疇にはいる。世界の分断ではなく協調に向かわなければならない。俗にいう新自由主義(※1)やレッセフェール(※2)は、ファクトフルネスの世界やSDGsには逆行している。
先日、行動経済学者の大阪大学の大竹教授(「競争社会の歩き方」著)とアダム・スミスの「国富論」について対談した。アダム・スミスは、新自由主義やレッセフェールではない。アダム・スミスは、独占を排するべきとはっきり述べている。アダム・スミスの銅像は、経産省ではなく公正取引委員会の庭に建てるべき。高校の教科書もアダム・スミスの理解を間違えている。もうすぐ、アダム・スミス「国富論」は、新しい訳が出るので読んでほしい。

※1:政治や経済の分野で「新しい自由主義」を意味する思想や概念。
※2:「為すがままにさせなさい」というフランス語。重農主義者、ミラボーの言葉。重商主義的な国家干渉を非難するスローガンとされた。

キーワード❸ 歴史:ムガル帝国バーブルから学ぶ、失敗からの方向転換

コバヤシ:ビジネスに大切なことは、歴史にもヒントがあると思います。特に私が注目しているのは、16世紀にムガル帝国(※3)を創始したバーブル。彼に、何を学ぶべきでしょうか。「バーブル・ナーマ」(※4)を校訂・翻訳された京大の間野教授と出口さんは、バーブルを絶賛されています。悩む心を隠さず、苦心惨憺して変転していく、人間らしいリーダーであり英雄です。

出口:バーブルは、中央アジア(ウズベキスタン)で生まれ、ティムール朝の君主としてサマルカンドを治めたが、ウズベク族に攻撃されて脱出。その後サマルカンドを取り戻そうとするが、果たせず父祖の地を諦めた。1504年にカーブル(アフガニスタン)を占拠したがその後、1525年にインド・デリーを制圧し、19世紀後半まで存続するムガル帝国を創始した。イスラム教徒だったが、他の宗教、人種、文化にも寛容に受け入れた。
現代人が、バーブルから学ぶべきなのは、自分の持っている大切なものを失ったとき、悩み、諦め、元気を出して、方向転換することだ。ティムール朝は、カーブル、デリーに変転して、大帝国を建設した。ムガル朝の実体は第2ティムール朝だ。

※3:16世紀初頭から北インド、17世紀末から18世紀初頭にはインド南端部を除くインド亜大陸を支配し、19世紀後半まで存続したトルコ系のイスラム王朝。
※4:ティムール朝サマルカンド政権の第6代君主であり、ムガル帝国の初代皇帝であるバーブル(1483年 - 1530年)の回想録。

まとめ コバヤシの一言:リアリズムの自由

起業、世界、金融、宗教、経済、歴史を踏まえながら、現実に我々はどう生きるべきでしょう。出口さんは、「川の流れに身を任せるのは、悟りの心境でも宗教的な考え方でもなく、人生のリアリズム」と話されました。リアリズムを持ち自由に生きるのが大切ですね。

 

※本記事の内容は2020年10月時点のものです。

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は、「あらゆる人に起業の機会を。」をコンセプトに、2014年に発足したスタートアップの創出と事業運営を支援するソニーのプログラム。ソニー社内で新規事業プログラムを立ち上げ、ゼロから新規事業を創出した経験とノウハウを活かし、2018年から社外にもサービス提供を開始。経験豊富で幅広いスキルとノウハウをもったアクセラレーターの伴走により650件以上の支援を24業種の企業へ提供。大企業ならではの事情に精通。(※ 2024年2月末時点)

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