2020.07.16
EPコバヤシの「ビジネスのつくりかた」

#02 地球上のあらゆる水産養殖に効く“データプラットフォーム”

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)のアクセラレーターは、新規事業の立ち上げを支援し加速するマインドセットとスキルを兼ね備えたプロフェッショナル集団です。それぞれが実際の事業経験を通じて学んだ豊富で専門的な知識を持ち、様々な分野で新規案件の事業化や収益化をサポートしています。

本連載では、SSAPでエグゼクティブプロデューサーとして様々な案件を担当するアクセラレーター 小林 敬幸 (以下コバヤシ)の独自の視点で「ビジネスのつくり方」を解説します。

今回は、いまコバヤシが注目する事業、水産養殖事業者向けデータプラットフォームサービスの開発、提供を行う「ウミトロン株式会社」(以下ウミトロン)とそのポイントをご紹介します。

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ナビゲーター

コバヤシ(小林 敬幸)
2016年ソニー入社前までの30年間、三井物産株式会社(以下三井物産)にて様々な新規事業を育成。
著書に『自分の頭で判断する技術』(角川書店)、『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『ふしぎな総合商社』(講談社+α新書)など。

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こんにちは、コバヤシです。

連載第2回の今回は、ウミトロンの藤原社長に、コバヤシがインタビューしました。(このご時世なので、オンライン取材です。)

ウミトロンは、成長を続ける水産養殖にテクノロジーを用いることで、将来人類が直面する食料問題と環境問題の解決に取り組むスタートアップ企業です。
21世紀で最も重要な産業の一つと言われている水産養殖。その背景には、世界的な健康ブームによって、タンパク質の需要が拡大していることにあります。タンパク質の供給源の一部となる水産業は一部で養殖に取り組んでいるものの、未だにほとんどが漁獲中心で気象変動や生態系などによって漁獲量が安定していません。
そんな中、養殖では給餌が事業コストの50%以上を占め、それが養殖事業者の利益を圧迫している状況です。また必要以上の給餌は、赤潮の原因となり、持続可能な海洋資源の確保にも影響を及ぼします。
ウミトロンはこの現状に目をつけ、IoT、衛星によるリモートセンシング、AIによるデータ解析を活用し給餌の最適化と環境負荷の軽減を実現しました。シンガポールと日本に拠点を持ち、技術を用い、より安全で、人と自然に優しい「持続可能な水産養殖を地球に実装する」ことを目指しています。

そんなウミトロンに今、私が注目する理由を、6つのキーワードと共にご紹介していきます。

ウミトロン株式会社 共同創業者/CEO  藤原 謙さん
ウミトロン株式会社 共同創業者/CEO  藤原 謙さん

キーワード❶ 未来の成長分野で創業:宇宙と生き物が好き

コバヤシ:藤原さんは、「持続可能な水産養殖を地球に実装する」として、2016年に創業、18年に12.2億円調達されましたね。

藤原:2016年に、気象変動データに基づく電力先物取引をしていた三井物産の人と、画像処理エンジニアとの3人で創業しました。幸いにも、養殖が盛んな愛媛県愛南町で、現場作業を学び、製品プロトを試してもらい、開発が進んでいきました。

コバヤシ:宇宙から見た地球(惑星)という視点で、水産養殖産業に目を付けられたのが、とても希少で貴重な事業です。すごい!参考にされた事業は?

藤原:起業するまでに経験したJAXAでの研究開発が役立ちました。物産で担当した農業ITで、衛星データと1次産業を組み合わせる技術と事業モデルを得たのがよかったです。でも最後は宇宙と生き物が好きということに尽きますね。

コバヤシ:客先は、具体的に、どのような層ですか。また、国内・海外の競合社は?

藤原:客先は、家族経営、中小規模の生産者、大企業など様々です。お客さんの中でも従業員の数や役職でも視点が色々と違うので面白い。現場を知るという意味で一番勉強になるのは、社長兼現場責任者のような、経営感覚と魚を育てる職人技を兼ね備えた方と仕事をする時です。育て方から売り方まで、養殖業のあらゆる側面を経験されているので、提案を持っていくと、必要なものと不要なものを、凄くはっきり答えてもらえます。お客様として貴重な存在です。私たちもよくやりがちなのですが、頭でっかちに考えてしまい、技術ありきで新しいサービスアイデアを持っていくと、「そんなもんはいらん」とバッサリ切られます。
国内・海外の競合ですが、養殖とテクノロジーの分野はまだ始まったばかりで、まだまだ黎明期です。IoT技術を使って、生産現場の予算内で有益なサービスを、洋上で提供できるようになったのは、ついここ3~4年です。そういう黎明期だけに、競合もあまりありません。

キーワード❷ ユーザーへの貢献:現実主義とデータがカギ

コバヤシ:藤原さんは、どのように海産養殖の現場状況とデータをみて判断しようとしていますか?

藤原:養殖では、餌やりコストが生産コストの6~7割を占め、経営の一番の悩みどころです。そして日々の餌やりは時事刻々と変化する魚の様子や海の様子を見ながら、経験に照らし合わせて最適化していく精緻な作業です。
こういった作業をどうやったらデータやテクノロジーで更なる最適化や自動化ができるか、アイデアを膨らませては現場で意見を聞いたり、試作を持って行ったりしています。
現場主義のいいところは、直接現場を見て話を聞いて、サービスのアイデアやプロダクトを考えられるところです。作業手順やその時に見ている視点など、二次情報では掴みきれない発見が常にあります。

キーワード❸ ウミトロンの強み:多種多様なデータを多面で分析

コバヤシ:活用技術 AI、IoT、衛星技術を使う。海温度、プランクトン分布を人工衛星で取ったデータで分析。どこが優れていますか?

藤原:センサーやデバイス1つで、1つの問題を直接的に解決できる製品は、作れば売れるので、誰かがやっています。IoTやデータサービスが面白いのは、1つでは解決できないけれど沢山集まると解決できることです。
まだまだ世の中には、このアプローチで挑戦すべき課題が沢山あります。生き物と自然は、個体を見ていても現象を理解できないことが沢山あり、生物と無生物、生物種間の影響を理解することで、食糧生産はもっと上手くできます。

そしてこういう問題は、各専門性や産業分野の境界条件として扱われ「専門性の罠」に陥って見落とされます。人工衛星が優れているのは、俯瞰して捉えることで、こうした相互干渉(河川流入や土砂流出、雨による塩分濃度低下や沿岸でのプランクトン増減など)が観測できるところにあります。
またデータ取得のマージナルコスト(人口衛星を打ち上げてしまえば何枚写真とってもあまりコストが変わらない)が小さいので、どこかでIoTセンサーのコストより安くなるはずです。
ただ直接観測による正解データも必要なので、実際はローカルセンサーと衛星データとの組み合わせが一番良いです。

キーワード❹ 成功のポイント:自然への精微で速い最適化

コバヤシ:成功した案件、今、とりかかっている新規案件を教えて下さい。同じ水産業だが、少し違う方法で、将来、新しく加えたいことなどありますか?

藤原:2019年1月に「UMITRON CELL」という養殖向け自動の餌やり機を上市しました。スマートフォン経由、遠隔で餌やりが出来、魚の様子をリモートで監視しながら現場に行かなくても精緻な生育管理ができます。この餌やりパターンに環境データも組み合わせて餌やりを最適化していきます。去年1年間の現場試験も行った結果、生育期間を4ヶ月短縮(12ヶ月→8ヶ月)、餌量も20%削減という結果が出て生産者も驚きました。養殖業は海の環境変化や作業上の制約があり、まだ最適化の余地があります。
新たに取り組みたいのは、赤潮や高水温での多くの斃死被害が出るリスクを低減したいことです。

UMITRON CELL

キーワード❺ 世界で活躍:パートナーと協業共生

コバヤシ:南米、北欧、東南アジアなど海外に、どのように展開していますか。

藤原:海外では米州開発銀行のプロジェクトに採択され、ペルーのチチカカ湖(標高3800m、琵琶湖の13倍の広さ)でUMITRONCELLを活用したサーモントラウト養殖の効率化に取り組んでいます。海外の養殖生産は大規模集約化が進んでおり、各国・各地域10社程度に集約されています。規模感や自動化の水準では国内と事業環境が異なるものの、IoTやAI技術の導入はまだ始まったばかりで、ウミトロンもテクノロジー活用に積極的な生産事業者とパートナーを組んで、サーモンやエビ養殖むけの開発を行なっています。北欧は養殖業を通じて、産官学が連携して研究開発や事業化を行なっていたり、沿岸コミュニティとの協業共生に取り組んでいたり、海洋との接点で学べるところが沢山あります。

キーワード❻ 異種技術の組み合わせが貴重:人工衛星と水産養殖

コバヤシ:JAXAの経験からみて、人工衛星と水産養殖とは、どう異なり、どう同じですか。科学技術、及び、ビジネスで。(世界でこの良い説明をできるのは、藤原さんだけです。)

藤原:技術的には共通して効く同じ応用が沢山あり面白いです。例えば、人工衛星では、燃料を節約するために、軌道や姿勢を目的の向きに変える時に、ロケットの噴射量を最小化しつつ素早く移動する最適化問題をよく扱います。養殖現場に行って、魚の餌のやり量を最小化しつつ無駄なく早く成長させる最適化問題を扱うのとよく似ています。
餌やり機から出てくる餌を見ながら、ロケットの噴射をイメージするとニコニコと笑顔になります。(これは、藤原さんだけ!)
他にも洋上の遠隔制御や太陽光による電力確保も人工衛星に関する技術ですし、海の中の動きは無重力空間のように見えます。ビジネス的にはどちらもB2Bですが、ROIで語れない面白さがあるところが似ています。

宇宙開発は、定量評価が難しいですが、養殖での海や魚を見ていると、生き物や見えないものに対する好奇心や想像力をワクワク掻き立てられます。事業開発をしながら、「実は生き物好き」、「実は宇宙好き」と話してくれる人に会えるのが楽しみです。逆に違うところは、養殖業の生産後に食べる楽しみがあるところでしょうか。
技術的な問題に向き合い、海と生物の不思議に思いを馳せ、最後に育った魚を食することが出来るのは最高に楽しいです。

まとめ コバヤシの一言

前会社(三井物産)の役員が出席する稟議会議で、コバヤシは藤原さんと人工衛星ベンチャー企業アクセルスペースへの投資について説明したのを思い出します。
「この投資が、数年後にいくら儲かるかは、お約束できません。成功しないリスクがあったとしても、進んでいる方向は、成長分野ですので、やらせてください。」
役員含め決裁者は、苦笑をして「成功しないリスクがある、且つ、収益計画もなしで3億円投資せよか」と語り、これまで見たこともない、とんでもない稟議提案にびっくりしていました。我々は、「利益額は不確実だが、損益額が3億円を超えることはない。定量じゃなくてストーリーで投資する」というスタンスだったのです。賛否両論を経て投資がされ、営業事業部門で担当しました。

ウミトロン社は、世界から尊敬されている貴重なストーリーと、優れた定量をともに実現している。勉強になります!

 

※本記事の内容は2020年7月時点のものです。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、760件以上の支援を25業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2024年10月末時点)

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