2020.06.08
EPコバヤシの「ビジネスのつくりかた」

#01 AI個別学習の"おじさんスタートアップ"

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)のアクセラレーターは、新規事業の立ち上げを支援し加速するマインドセットとスキルを兼ね備えたプロフェッショナル集団です。それぞれが実際の事業経験を通じて学んだ豊富で専門的な知識を持ち、様々な分野で新規案件の事業化や収益化をサポートしています。

本連載では、SSAPでエグゼクティブプロデューサーとして様々な案件を担当するアクセラレーター 小林 敬幸 (以下コバヤシ)の独自の視点で「ビジネスのつくり方」を解説します。

今回は、いまコバヤシが注目する事業、AIによるパーソナライズ教材を提供する「atama plus株式会社」(以下atama plus社)とそのポイントをご紹介します。

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ナビゲーター

コバヤシ(小林 敬幸)
2016年ソニー入社前までの30年間、三井物産株式会社(以下三井物産)にて様々な新規事業を育成。
著書に『自分の頭で判断する技術』(角川書店)、『ビジネスをつくる仕事』(講談社現代新書)、『ふしぎな総合商社』(講談社+α新書)など。

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こんにちは、コバヤシです。

今回は、中高生に一人ひとりにあった学びを提供するAI先生「atama+」(以下atama+)を開発するatama plus社の稲田社長に、コバヤシがインタビューしました。
稲田さんと私(コバヤシ)は、ブラジルでベネッセと三井物産とのJV教育事業をしました。

そんなatama plus社に今、私が注目する理由を、6つのキーワードと共にご紹介していきます。

atama plus株式会社 Founder稲田大輔さん
atama plus株式会社 Founder稲田大輔さん

キーワード❶:AIで最短の個別学習

塾の集団授業を個別授業に導き、生徒一人ひとりに、適切な講義動画や問題などの教材を作成・提供しています(アダプティブラーニング)。

atama plus社は、消費者と直接ではなく、塾と契約し1800教室以上(2020年5月末時点)を通じてAI教材を提供しています。2017年創業、現在資本金20億円。従業員は100名(1年で2倍以上に拡大中)。生徒に直接授業をする教師の社員はゼロで、大手企業やグローバル企業で活躍してきた技術者が多数です。

稲田さんは、「平均年齢33歳。おじさんスタートアップ(キャリアを経た人の集まり)」と笑います。新型コロナウイルス感染症対応で、塾がatama+を使った自宅学習の拡大に急いでいるので、atama plus社は、遠隔授業の機能を開発、「4月の1ヶ月間で利用生徒数は10倍以上になりました。」(稲田さん)。

キーワード❷:良いサービスをつくって世の中を変える

atamaplus社は創業時に「良いサービスをつくって世の中を変える」ミッションドリブンカンパニーを掲げました。一方で、世に多い「良い事業をつくって収益を上げる」、「良い組織をつくってメンバーが楽しむ」という目標は、掲げませんでした。

「成長しそうな会社だから」を理由に入社を志望する優秀な人は、あえて採用しませんでした。
atama plusの具体的な目標は、「基礎学力習得にかかる時間を短くして、それによって生まれた時間で、社会でいきる力をつけてほしい」です。atama+は、受験のために勉強する時間を減らし、そこから生まれる時間で、人生を幸せにする。そう思ってatama plus社のみんなは働いています。

ちなみに、稲田さんの夢は、「自分の人生を生きる人を増やしたい。笑顔を増やしたい」です。会社の目標と個人の夢は、共にユニークで貴重です。

キーワード❸:AIは、創造力か技術力か?

atama plus社は、教育を個別化する商品サービス、人に合った教育を創っています。創業からの3年間で、成長の壁はなかったのかと尋ねました。

稲田さんによると、「大きな壁はあまりなかった。一方で、教育改革の為の小さな壁はたくさんあり、それを毎週イノベーションを積み重ねて超えてきた」とのことです。

atama+は、AIを使って、数学、英語、物理、化学の科目を教えていて、現時点では国語、社会の科目は、教えていません。AIは、小説・社会などの創造的な領域に使うべきで、受験の勉強に使うものではないという考えがあります。稲田さんも私も、AIは、創造的というより、人間がやれることを速くて高質にやる技術だと思っています。
atama plus社は、この技術で、良いサービスをつくって世の中を変えています。

atama+が学生にだす「問題」は、出版されている問題集にあるものと同様で、創造的で希少なものではありません。ただ、生徒毎に異なる苦手な問題を個人ごとにだしていきます。多数の生徒を担当する先生にはできない個別対応です。2週間で生徒の得点伸び率の平均+50.4%。ヒトの先生が個別に対応しにくい優等生、劣等生にも、atama+は、短期間の点数上昇に導きます。

AIは、天才ではなくて、秀才ですね。

キーワード❹:Cに接近、Bから入金

21世紀の発展事業は、C:消費者に接近、B:ビジネスから入金。Google、Facebook、最近のAmazonもそうと、私はブログにエッセイしています。atama plusは、まさにそのポジション。

私がしたリクルートとお台場大観覧車の事業から、このビジネス仕組みを見据えた稲田さんが話してくれました。

「Bはビジネスの戦いができる世界。Cは博打的なところもある。toBを創っていく方が着実なのでatama plusは、そこから始めた。学生起業家だったらtoCが良かったかもしれない。おじさんスタートアップなのでtoBが戦いやすい。」(にやり)

atama plusのメンバーによるミーティングの様子

キーワード❺:昔からの需要と、最新の供給

昔からの需要にこたえて、最新の技術で供給するのが、いいビジネス。

私が立ち上げたライフネット生命保険もお台場大観覧車もそう。atama+も江戸時代の寺子屋からの需要に、AIという最新の技術で供給。稲田さんも話します。ポッと出のニーズにこたえるだけでは大きくならない。古いものを新しい風にするほうが大きくなる。

キーワード❻:マーケット戦略と将来の計画

稲田さんは、起業時にニッチマーケットのシェアを狙い、今、時間の5%で3年後の未来を考えています。

atama plus社のマーケット戦略は、次の通りです。 
 :日本内の塾マーケットの中高生の基礎学力習得領域
 2~3年後:学年や教科を拡大
 3年後~:海外(インド、ブラジル、メキシコ、トルコ、インドネシア等)検討

2~3年後について、「大学生は?」と尋ねると。
稲田さんは、ビジネスになりやすいとは思うが、「子どもの人生変えたい」というミッションなので人間の価値観は幼少期に決まることが多いため、大学生よりは小学生を先にやりたい。
とのことでした。

オフイス内に設置されたペルソナを映し出したビジョン

3年後~について、稲田さんは、前社での海外教育事業の様々な経験で、教育事業を、同じ技術で海外に展開するのは、難しいと考えています。ローカル産業にどっぷりはいりこんで教育事業を作っていく。そうすると、人口が多い国・地域でないと、入る意味がありません。

ならば、日本が一番勝負しやすい教育マーケットだと、稲田さんは、再び感じています。
人口が多く、一人当たりGDPが高い。整ったマーケット、大きな市場、充実したインフラ。それなのに、Ed Tech(教育×テクノロジー)企業が少ない。

稲田さんは、「私は日本人だし明らかに得意」と思っています。

まとめ:コバヤシの一言

現実と技術を冷静に見つめなおしながら、楽しい活動をする。
そう、atama plus社に教えてもらいました。

 

※本記事の内容は2020年6月時点のものです。

Sony Startup Acceleration Program(SSAP)は、「あらゆる人に起業の機会を。」をコンセプトに、2014年に発足したスタートアップの創出と事業運営を支援するソニーのプログラム。ソニー社内で新規事業プログラムを立ち上げ、ゼロから新規事業を創出した経験とノウハウを活かし、2018年から社外にもサービス提供を開始。経験豊富で幅広いスキルとノウハウをもったアクセラレーターの伴走により650件以上の支援を24業種の企業へ提供。大企業ならではの事情に精通。(※ 2024年2月末時点)

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