Sony Startup Acceleration Program(以下SSAP)では、これまで培ってきた経験やノウハウを、スタートアップの事業化支援サービスとして社外にも提供しており、マーケティング支援の一環としてクラウドファンディング「First Flight」を運営しています。2019年3月からは、アニメーション映画『神在月のこども』の映画化実現に向けて、異例の複数回にわたりクラウドファンディングを実施してきました。
本連載では、プロジェクトの経緯やクラウドファンディングの過程、今後の展望等についてご紹介してまいります。
今回は、『神在月のこども』のプロジェクトを率いる「cretica universal.LLP」(以下クリティカ・ユニバーサル)代表・ファウンダー 四戸 俊成さんと、SSAPのアクセラレーター 小澤 勇人に、取り組みのきっかけやプロジェクトにかける想いをインタビューしました。
島根・出雲の原風景を世界に届けたい。そのための、アニメ映画化。
――四戸さんと小澤さんの、映画『神在月のこども』のプロジェクトでの役割は?
四戸:私は今回のプロジェクトで、企画・原作・コミュニケーション監督を担っています。
小澤:私はSSAPが運営する「First Flight」でのクラウドファンディングを通じて、『神在月のこども』のファンとの関係を構築する活動の支援を行いました。
――四戸さんに伺いたいのですが、『神在月のこども』の映画化を目指されたきっかけは何だったのでしょうか?
四戸:クリティカ・ユニバーサルでは、日本の原風景やそこに宿る文化・価値観などを、アニメーションを通じて世界に届けることを目的に、コミュニケーション・レーベル『Japonista(Japonism Theater Station)』を構想しています。その活動の中で、島根県出身者でもある 弊社副代表 三島鉄兵から「神在月」の云われを聞かされたことが、映画『神在月のこども』が生まれるきっかけとなりました。日本各地では「神無月」と呼ばれる10月が、出雲地方では「神在月(かみありづき)」と呼ばれているとのこと。そして、それは八百万の神々が全国から姿を無くし、翌年の縁を結ぶ会議のために出雲に集うから、という伝承でした。
僕らはその云われに感銘を受け、出雲地方で行われる「神在祭」に足を運びました。そして「この島根・出雲の原風景や文化を世界に届けたい」と、確固たる想いを持ったのです。“島国の根” と書く”島根”の原風景や伝承、そこに宿る“ご縁”という価値観に触れていただけるよう、その魅力をアニメによって表現することを決意。幼少の頃から自分たちの心を育ててくれた憧れの存在であり、今では世界を沸かせる芸術となったアニメのチカラをお借りして、映画をつくる闘いをはじめました。
クラウドファンディングを通じて、「ファン」を作り、増やしていく。
――そのような経緯だったのですね。First Flightを通じてクラウドファンディングを行うことになった経緯は?
四戸:コミュニケーション・デザインの分野で根を張り、映画の領域では“プロモーション”の畑でお客様のお力添えをしてきた僕ら(クリティカ・ユニバーサル)でしたが、アニメをゼロからクリエーションする「アニメ制作」は初挑戦。普通に考えると無望とも思える挑戦には、応援し、信じてくださる方々の存在を確かめることが必要でした。
そこで僕らは、「出雲をアニメで描いてほしい」、「『神在月のこども』を観てみたい」という声が確かにあるという手がかりを得るために、かつて他のお仕事でご一緒したソニーの方を通じ、クラウドファンディングサイト「First Flight」とのご縁に行き着いたのです。
――映画化の過程でクラウドファンディングを実施して良かったことや、苦労した点はありますか?
四戸:クラウドファンディングとは一般的に、既にある程度の形があるものに対して支援を募集するものです。しかし僕らの作品は、「オリジナル劇場アニメ」であり、まだ誰も観たことがなく、ストーリーやキャラクターさえも知り得ないものでした。誰も『神在月のこども』を知らない状態から、映画のチケットよりも高い価格の支援をして頂くことのハードルの高さを、切々と感じました。
そこで僕らは、「オリジナルでしかお届けできない体験を返礼する」ことに決めました。そうしてたどり着いたカタチが、「“アニメ制作・追体験”という返礼」です。“アニメ制作・初体験”である僕らが、この作品のテーマでもある“ご縁”という不思議な力に導かれ、誰もが知る国民的アニメを生み出してこられたプロデューサーやクリエイターの方々と出会いし、仲間になり、一緒に作品をつくり上げていく。そんな希望に満ち満ちた、映画化の過程を「返礼」とさせて頂くことにしたのです。
今となってはこの苦悩こそが、制作陣や出演陣に加え、一緒に縁陣を組み応援してくださる“応縁陣”が集うプロジェクトの原型になったと感じています。
――『神在月のこども』プロジェクトは、これまで計3回のクラウドファンディングを実施していますが、First Flightとしても狙いがあったのでしょうか?
小澤:クラウドファンディングを複数回行ったのは、四戸さんをはじめとするクリティカ・ユニバーサルの皆さんのご意向もあり、映画をつくっていく過程もコンテンツとして届け、同時にファンを醸成していくための施策でした。
クラウドファンディング第1弾では、『神在月のこども』が生まれた場所である、出雲地方の方々をターゲットにファンを集めること。第2弾では、2019年に開催されたSony Open Innovation Dayにてプロデューサー陣を発表し、アニメのキャラクターも見せることで、東京周辺のファンを作ること。第3弾は、声優陣を発表し、アニメのコアのファンの方々にも『神在月のこども』を知っていただくことを目指しました。
このように、それぞれのクラウドファンディングで、少しずつ、そして着実にファンの輪を広げていくことを叶えていくことができました。
ご縁で実現する『神在月のこども』。“奇跡”の“軌跡“も、次世代に残したい。
――最初のクラウドファンディングから約1年半、これまでの過程で特に印象に残っているフェーズは?
四戸:僕らにとっては全てのフェーズが印象深く、こだわり抜いた取り組みでした。
クラウドファンディング第1弾では、ご支援いただいた方々への返礼として、「シナリオ」を完成させるべく“ロケハン現場”を制作陣に帯同いただき、第2弾では「絵コンテ」を描画する“スタジオ見学”で監督陣と意見を交わし、第3弾では声を宿す「アフレコ収録」の台本をご共有するという追体験を実施してきました。いずれも、僕らも含めた一般の人生ではなかなか体験する機会のないユニークな取り組みになったのではないかと感じています。
小澤:私も四戸さんと同じく、クラウドファンディングのどのフェーズも印象に残っています。映画化される前の「バックヤード」は、本来は見せてはいけないものを見せている感じで、プロジェクト実行側としても非常にドキドキする点が多いです。しかし、それらを全てお見せし、支援してくださる方々と共に作り上げてきた作品だからこそ、多くのファンの方々に応援いただける作品になってきているのだと考えています。
またビジネスという観点でも、お金と人が集まらなければ成り立ちませんが、最初は数人だけだったプロジェクトメンバーに、いつの間にか豪華な監督・制作陣や俳優・声優陣が集まり、錚々たる企業・製作陣が協力してくださる形になりました。これも映画化の過程を追体験し、ファンが増えていく様を可視化できたことが後押しとなっているのだと思います。
四戸:ただ一点、やり残している部分があるとすると、クラウドファンディング第3弾では、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、返礼として支援者に体験いただく「アフレコ収録」をリアルの実体験ではなく、オンラインでの配信の形となったことです。もちろん万全を期した上でではありますが、何らかのカタチでいつか、この追体験に再挑戦できることを願っています。
――『神在月のこども』プロジェクト、映画化にかける想いは?
小澤:「映画をゼロからつくる」という高い志から始めて、そのプロジェクトを応援してくださるファン・パートナーの方々を集め、共創していく。この『神在月のこども』の誕生は、世の中に対しても非常にインパクトの大きいものになるはずです。この映画を、映画館で観られるようになるその日まで、全力で伴走させていただきたいと強く思います。
四戸:ここまでお話させていただいた通り、『神在月のこども』は通常とは違うカタチで、企画・制作のフェーズを歩んできました。その分だけ、主人公のカンナが出雲へと駆ける日を想像し応援してくださる方々が生まれ、その旅を描き出すことに愛が生まれています。実際にロケハン中、数々のアニメを手がけてこられた監督陣の仲間から「こんなに愛されて生まれてくる主人公は稀ですよ」と声をかけられました。その言葉が全てを象徴していると思います。
制作陣、出演陣、そして縁陣を組んでくださった方々との“ご縁”から生まれるうねりのようなものが結晶となり、『神在月のこども』が “この島国の根にある大切な価値観”を再発見いただく機会になれば嬉しいです。そして “雲をつかむような話”から始まった本プロジェクトが雲を抜け世界に届いた折には、その初飛行の “奇跡の軌跡”が次の世代の方々にも何らかのきっかけとなるよう道標を残していきたい、そう思います。
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※本記事の内容は2020年7月時点のものです。