2024.12.17
Challengers ーイノベーションの軌跡ー

株式会社サプリム|想いの熱量と堅実な分析の両輪で成り立つ新規事業創出

Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、今新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。

連載2回目は、株式会社サプリム(以下、サプリム)取締役副社長の上木建一郎さんと、「リハビリアプリ」から始まり、「散歩ポイ活」から「スポーツ解析の民主化」へと進化を目指す「毎日運動」のアプリ開発と全体統括をしている石村悠二さんに「毎日運動」がどのような経緯を経て誕生したのかをインタビューしました。

業務外で研究していた技術が新規事業創出へ繋がる

――「毎日運動」とはどのようなアプリですか?

石村:「毎日運動」は動作解析技術を活用したアプリです。スマホで動画を観ながら運動をするとAIが解析し、うまく動けたスコアに応じてポイントがもらえます。歩くだけでもポイントはもらえます。運動しないといけないと判ってはいるけれどなかなか始められない、続けられないという方のために、お得に楽しく健康習慣を獲得していただける、他にないポイ活アプリになっています。

おかげさまで、シンプルで使いやすいとインフルエンサーの方々などの支持もいただき、現在急激にユーザー数が拡大中です。

ホームのリング
現在リリースされている「毎日運動」のホーム画面。日々の運動量や歩数を記録し、それに応じてポイントを入手することができる

――石村さんどういった経緯でサプリムのアプリ開発に携わるようになられたのでしょうか?

石村:私自身は、2018年からボトムアップで人や物の特徴点の時系列的な変化をとらえることで人の動作を評価する 動作解析技術に取り組んでいました。きっかけはXPERIAに搭載されているスーパースロー撮影機能で手の動きをリアルタイムに解析して、水風船が割れる瞬間を自動で撮影してみたんです。ここから汎用的な自動撮影ロジックを作れそうだと思い至りました。

水風船
リアルタイムで解析し自動でシャッターを切れば、水風船が割れる瞬間もこのように撮影することができる
当時の提案資料より抜粋。ゴルフフォームの動作解析など、幅広い応用へと展開していく

石村:そこか更にゴルフのフォーム解析やサッカーのシュートフォーム解析へと発展していき、社内向けの展示会で展示するようになったのです。その中で、「エムスリーさんと新しい取り組みをするから一緒にどう?」と声をかけられたのがきっかけでした。

 そこで「毎日運動」の前身である「リハカツ」という、脳梗塞などの脳血管疾患の罹患者の方々を対象とした、在宅リハビリサービスに動作解析技術を用いることになりました。

――アプリを開発するにあたって、どのようなご苦労があったのでしょうか?

石村:苦労は本当にいろいろなことがあったのですが、端的に言うと“想いだけではどうにもならない”という点が最も苦労したことであり、失敗したことでもありました。

 先ほども申し上げたように、「リハカツ」は脳血管疾患の罹患者の方を対象としていたのですが、発症、診断を受けた日もしくは手術を受けた日から原則として最大150日までしか医療保険でリハビリができないという問題があったんです。その期間が終わってしまうとリハビリを断念せざるを得ない状況になってしまうという、いわゆる「リハビリ難民」という社会問題がありました。

当時の提案資料より抜粋。リハビリ難民を救いたいという熱い思いのもと、アプリ開発を進めていた

そういったリハビリ難民の方をなんとかして救わなければならないという熱い思いを胸に、実際に困っていらっしゃる方々にインタビューをさせていただいたのですが、中にはインタビュー中に泣いてしまわれて、お話を伺っている私らのほうも涙が止まらない、ということもありました。

 そうした中で「リハカツ」のプロトタイプを作ってはインタビューをさせてくださった方からフィードバックをいただくことを繰り返しとても力を入れて作っていたのですが、満を持して市場に投入したところ、私らが作ったものは大きな規模の方が求めているものと合致していなかったということが判ったのです。

 熱い思いがあって一生懸命やることはとても大事なことではあるのですが、それはビジネスとして成立するのか、届けたいと思っていることは本当に届くのか、という問いへの解決も、技術開発と同じくらいの熱量でやっていかなければいけないということが学びですし、苦労をしたことです。

上木:特定の方にはニーズの高いサービスなのですが、それだけではマーケットが小さかった。自分も同じような経験がありますし、“新規事業あるある”だと思います。

拘りからの脱却

――当時、上木さんは石村さんの上司という立場として「リハカツ」アプリをご覧になってどのように感じられましたか?

上木:私はサプリムの副社長として、ソニーグループのアセットを用いる最初のアプリケーションとして、石村さんが既に開発していたものを採用したいと考えていました。

 ソニーが持っているアセットと、エムスリーが持っているリハビリのノウハウを組み合わせれば、ひとつのソリューションになるかもしれない。マーケットが小さいというのは当初から思いましたが、あとでシフトすれば良いと考えました。まずは両二社のジョイントベンチャーとしてのコアを作ることが重要で、その意味では役割を果たしたと思っています。

――リハビリ専用という方向から方向転換するにあたり、おふたりの間ではどのような会話が交わされたのでしょうか?

石村:リハビリ患者専用からより広いユーザーへ拡張を目指すことになったのですが、その際、先ほどから申し上げているように私は動作解析技術に拘ってしまっていたのですが、上木さんから「それもいいけど、その前にまず“散歩”でいいんじゃない?」というお言葉をいただいたのが、実はすごく大きかったです。「勉強しなければいけないと判ってるけどできてない人に『勉強しなさい』と言って勉強する気になる?」という問いをされて「いや、私は絶対やる気にならないですね」という話になったのです。そして、「今はポイ活が流行っているから、運動の入口はポイ活でいいのでは」というお言葉をいただいて、確かにその通りだと思いました。

歩くという誰でもする行為でポイントがもらえたら嬉しいし、さらにそれがゲームになっていたら楽しい。そうしていくうちに、気がついたら運動習慣が手に入っているというジャーニーを、まさに示していただいたんです。

当時の提案資料より抜粋。リハビリから、散歩とポイ活を組み合わせたサービスへとピボットしていく様子が窺える

そのストーリーを描いていただいたお陰で、今まさにファンを大いに獲得しつつある状況まで来ることができました。実現したい価値の本質を捉えることと、その実現に必要なピースを広い視点で捉えてストーリーとして紡ぐことの大切さを教えていただきました。

――上木さんはピボット(方向転換)に際してどのような思いで石村さんにアドバイスをされたのでしょうか?

上木:「ピボット」というと洒落た言葉に聞こえますが、要するに「1回、やめよう」ということなので、チームからするととてもショックだと思うんです。だけど、方向転換して続くのだからやめるわけではない。また、あくまで「これまでリハビリ用にご利用いただいているお客様をサポートし続ける形で変態しよう」と思っていました。

ただ、2回外したらさすがに継続できないと思うので、次は絶対に外さないやり方にする必要があるという危機感がありました。1回目はニッチでもいいからトライしてみようという思いでしたが、次は確実にするために王道のニーズを提供したうえで、差異化の部分に新しいエッジを効かせるのがいいのでは、と考えていました。

石村:実際、とてもショックではありました。「絶対に救う」と言ったら偉そうですが、必要としている方に絶対にいいものをお届けしたいという思いがあってやっていたわけですから。

 ですが、先ほどの上木さんのお言葉もいただいて、次こそ絶対にやってやるという思いで、なんとか前向きになることができました。

運動のソーシャル化で、ヘルスケアエンタメの実現へ

――では、そんな「毎日運動」アプリのユニークネスを教えてください。

石村:テクノロジー以外の信条の部分でいうと、 “楽しさ”をキードライバーとして価値をお届けしようとしている点がこだわりで、差異化にも繋がっていると思います。運動をゲーム感覚で楽しむことができ、しかも得られたポイントでお買い物までできてしまうという楽しさもあり、“楽しい”の連鎖が繋がっている点が第二の魅力。さらに、家にいるときでも状況に合わせて楽しむ手段があるので、例えば雨が降って散歩ができないときでも楽しく運動することができるのは、他にはない点だと思います。

上木:ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究から生まれた技術を採用していることも、大きなユニークネスだと思います。

トレーナーの方の動画を観ながら自分が動くと、お手本とどれくらい似ているかを判定してくれます。

「モーションスコア」機能で、ゲーム感覚でトレーニングを行い、スコアをポイントに変えることができる

――「毎日運動」アプリにおいて、新たに取り組まれていることを教えてください。

石村:具体的に今取り組んでいることがふたつあるのですが、ひとつ目は最近リリースした「ポイ友」という機能です。自分が運動してポイントが入るのは当たり前ですが、友達が運動したときや目標の歩数に達成したときに、自分もポイントが当たるくじ券がもらえるシステムなんです。

自分だけではなく、友達が運動することでもポイントを入手できる

上木:これからこの機能は友達やグループでの競争イベントなど、ゲーム性を持つものに発展していく予定です。

石村:そのような1+1が3とか4になっていくような、新しい健康生活の楽しみ方を提供していくことが具体的なチャレンジのひとつです。

 ふたつ目は、運動の世界のクリエイターである、トレーナーの支援です。「健康に暮らすこと」や「健康になる過程」もある種のエンタテインメントと捉えると、医師や療法士やスポーツトレーナーなど健康になるための指導をする方々は、クリエイターだと思い至りました。そんな皆さんにトレーニングコンテンツをバージョンアップする手段を提供することや、身体の動きを見える化し、そこに楽しさをお届けすることにも取り組んでいきます。たとえば、先ほどのモーションスコアを使えば、世界中のトレーナーの方の動画が採点ゲームに変化することができます。

まだまだ道の途中です。最近のAIスポーツ解析はものすごい勢いで成長しています。我々は、在宅・スポーツ教室・部活などのために、スマホで手軽にスポーツ解析を取り込める、日常使いのサービスに育てたいと思っています。

熱量と手堅さの両輪で成り立つ新規事業創出

――おふたりが新規事業のチーム運営において大事だと思われていることを教えてください。

石村:技術者目線で言うと、指示されたことだけを形にしてしまうのでは駄目だと思っています。その企画意図や実現したいことの本質をしっかりと理解しなければいけないし、そのためには「自分はこう理解しました」という意志の共有が必要不可欠だと思います。理解に基づいたうえで形に落とし込んでいくことがすごく大事だと思っています。これがないと、完成したアプリの機能リストだけを見ると一見正しいように見えるのですが、手に取ったお客さまが本当にやりたいことを実現できないという事態が起きてしまうんです。

上木:相互乗り入れということですね。

石村:なので私たちは、チーム内で日々しっかりコミュニケーションを取り、「本質的にやりたいことは何なのか」「自分はこう理解しました」ということをぶつけ合って理解する過程を大切にしています。そのうえで形に落とし込むところが、私らチームの強みだと感じています。

――新規事業に関わる方々へ向けて、おふたりが「これだけは伝えたい」と思われていることを教えてください。

石村:精神論のような話になってしまうのですが、私は日頃から、なぜ会社勤めをするのか、なぜ生きているのかということをよく考えるのですが、やはり生きているからには生かしてくれている存在がいると思うのです。例えば会社のみんなが生かしてくださっている、仕事で使うパソコンを作ってくれている人がいる。誰かがいてくれるから、自分は生きていくことができると思うんです。

 私がやりたいことは、そんな社会に「ありがとう」と言うために、ここから生み出されるもので社会を幸せにしたい。そんな思いで会社にいるんです。

上木:もうシンプルに「利益が大事」に尽きます。儲けられないと続けられないですし、続けられないと問題解決も実現できませんので。当たり前なんですけど、しかし新規事業の日々においては案外そこまで頭が回らないように思います。新規事業をやろうなんて人は、だいたいその時点でもう熱意は十分あるんです。しかしその後、利益に対するリアリティが薄いがゆえに頓挫せざるをえないパターンが多いような気がします。ですので、そこを意識して日々向き合っていくことが大事だと思いますし、日々自分に言い聞かせてます(笑)。

 あと、新規事業を何度もやっていると、昔一緒にやっていた方を別の仕事で見かけたり、なんなら一緒のプロジェクトを組むことになったりして、味わい深いです。若い方には、そんなこともあるので一度や二度でへこたれず続けると良いですよとお伝えしたいですね。

※本記事の内容は2024年11月時点のものです。

>> 連載第1回 ソニーグループ株式会社|「新規事業は難しい」を前提にチャレンジする

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、780件以上の支援を25業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2024年12月末時点)

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