Sony Startup Acceleration Program(以下、SSAP)では、スタートアップから大企業の新規事業まで、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、今新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
連載初回は、自社開発の「スケルカ®」技術(※)を用いた公共構造物内部の非破壊探査を行うジオ・サーチ株式会社(以下、ジオ・サーチ)にSSAPのコンセプトデザインのサービスを提供した事例をご紹介します。
ジオ・サーチ設立の意外なきっかけ、探査機「スケルカートNEO」のプロダクトデザイン支援のステップやここだけのエピソードを、ジオ・サーチ株式会社 創業者・代表取締役会長 冨田 洋さんと、SSAPのデザイナー 清水 稔にインタビューしました。
災害による被害を減らすため、30年以上前に誕生した社内ベンチャー
――最初にジオ・サーチの設立のきっかけを伺いたいです。
冨田:ジオ・サーチは1989年に創業しました。実はジオ・サーチはもともと、私が以前勤めていた三井海洋開発株式会社の社内ベンチャーから生まれた会社です。
転機となったのは、1980年頃にヒューストンに駐在していた時のこと。私は現地での顧客とのコミュニケーションを通じて、目に見えない地下に発生する空洞や埋設物の正確な形状や位置などを非破壊で迅速かつ正確に調査する「地下埋設物調査」のニーズを知りました。この調査は、被害を減らし人々の命や暮らしを守るために必要不可欠です。そこで、地中レーダー(GPR)を活用した埋設物調査事業の計画を立案し、社内ベンチャーとして提案したのです。無事に事業計画は認められ、プロジェクトリーダーとして帰国。
そこから約5年間、実際に受託調査や研究をしていました。そんな折、三井海洋開発が解散することに。やむなく社内ベンチャーとして行っていた事業を、ジオ・サーチ株式会社を創業して継続することになりました。
――社内ベンチャーから生まれた会社だったとは意外でした。当時の印象深いエピソードはありますか?
冨田:会社を設立した時には、出資をしてくださった方から「人の役に立つ事業か?」「死ぬ覚悟で事業に取り組む覚悟があるか?」と問われました。そこに対してYesと答えられることが、出資の条件だったのです。この問いは、今のジオ・サーチの在り方に大きな影響を与えています。
――ジオ・サーチでは現在、具体的にどのような事業を展開していますか?
冨田:「人の命と暮らしを守る」という企業理念のもと、自社開発の「スケルカ®」技術を活用した減災事業を行っています。私たちの根幹にあるこの理念は創業時から変わっていません。
具体的な事業内容は、公共構造物内部の非破壊探査(道路・橋梁・空港・港湾・施設における空洞調査、埋設管マッピング調査、床版健全度調査)を主に実施しています。1985年頃には銀座で道路陥没が多発し社会問題化しましたが、現在も世界中の都市でこういった問題は絶えません。ジオ・サーチの事業は、災害による被害を減らしていくために日々進化しています。
ジオ・サーチの事業に「まさに欲しかったもの」
――非破壊探査などの減災事業を行ってらっしゃるとのこと、具体的にどのような機材を使うのですか?
冨田:探査機材は創業時から進化を遂げて来ていますが、SSAPの清水さんにデザインしていただいたスケルカートNEOは顧客へレンタルする初めての探査機材です。
これはいわゆる地雷探知機と似たコンセプトで、地下を瞬時に可視化することができます。
――スケルカートNEO、スタイリッシュで格好良いですね。SSAPにデザイン支援を依頼した背景は?
冨田:顧客へのレンタル用最新探査機の開発検討にあたり、ユーザビリティを考慮したものを作りたいと考えていました。減災事業の現場は過酷です。作業する方々は、機材は重いし動かしづらいし、腰が痛いのは当たり前。そんな現場のために、私たちは使いやすくて格好良いものを作りたかったんです。常識を覆し、頑丈さは残しつつ「軽量で操作性が良いデザイン」を実現できないものか?と考えていました。
しかし私たちはこれまで自らが開発した機材を自ら使用してきたので、他者のユーザビリティを考慮した機材なんて作ったことはありませんでした。そこで、コンスーマー向けに多くの製品を生み出してきた実績のあるソニーのSSAPに相談したのです。清水さんには「デザインの発想力に期待する」とお願いして、まさに欲しかったものを実現してくれました。
――ユーザビリティを考慮した機材を求めていたのですね。デザインの支援はどういったステップで進みましたか。
清水:最初のミーティングでデザインスケッチを見ていただきました。これはデザイン与件の説明を受ける前になります。プロジェクトのスタート前にオンラインで冨田さんとお話をする機会があった時「デザインの発想力に期待する」というコメントをいただきました。私なりにその言葉の意味を噛み砕き、課題は何かを考えそれを解決するコンセプトをお持ちしました。
冨田:とにかくデザインのクオリティとスピード感がありがたかったです。
特に、ジオ・サーチのメンバーとSSAPメンバーの顔合わせミーティングの時に衝撃を受けました。私はそのミーティングで初めて、機材の理想の形状などの細かいことを説明するつもりでした。しかし、初めて会うはずの清水さんがスケッチを持ってきてくださったんです。
清水さんの提案は、これまで収納する時には“平置きで置く”ことが一般的だった探査機を“縦に立てて置く”という発想。縦に置くことにより省スペースが実現するのです。その場で「この方向でいきましょう」と決めましたね。
清水:最初のスケッチがそのまま、このプロジェクトの目指すビジョンとなりました。こちらがそのデザインスケッチです。
コンセプトは保管~移動~操作をスマートに行える機動性です。
道路や建設現場での探査機に求められるものは、機動性ではないかと仮説を立てました。スマートに保管でき、要請があった時に機敏に探査現場へ移動出来る。そんな姿をイメージしました。そのために、保管場所ではスタンディングスタイル(省スペース)になりメンテナンスが行われ、要請があれば女性でも簡単に持ち運べるキャリングスタイルになる。場合によってはトラックでの運搬ではなく電車でも簡単に運搬出来る。
このコンセプトのスケッチがそのままプロジェクトの目指すビジョンとなり、プロジェクトのマイルストーンにおける判断基準としてメンバーの共通認識となりました。このように早期にプロジェクトビジョンを可視化し、共通認識とすることで方向を一つにして進めることが出来ました。
2021年7月にデザイン支援を開始して11月初旬にデザインモックが完成しました。大まかなスケジュールで言うと、7月にユーザーシナリオ(※)を考察し問題点の抽出と解決アイデアを探り、8月にアイデアの検証を行い、9月中旬に基本フォルム決定。下旬から詳細デザイン検討に入り、10月からモックアップを作成しました。
手描きのスケッチからモックアップまで、とにかく可視化する
――清水さんは、デザイン支援の過程で工夫した点はありますか?
清水:支援期間中はほぼ毎週ミーティングを行いましたが、その9割はFace to Faceで行うようにしていました。それは、ジオ・サーチの皆さまの「こうしたいんだよね」とポロッと漏れる本音を聞き取るため。オンラインのミーティングではなかなか雑談もしづらいですし、私は大切なポイントは現場でしか感じ取れないと考えています。
また、ミーティングの時にはとにかく可視化したものを見て議論出来るようにしました。例えば初期の段階では要件やコンセプト整理のための言葉も分かり易く可視化し議論を加速しました。
ユーザビリティの考察は、まずユースケースを洗い出し問題点を解決するアイデアを可視化。そして妥当性を議論する。この繰り返しを行いました。ユーザビリティの問題点は見逃しがちな詳細なユースケースにあります。それを解決することがデザイン表現のポイントとなります。
操作方法はもちろんですが、どこでどのように保管されるのか、メンテナンスやバッテリーへの充電方法、計測現場までの運搬方法、どのような車両で運んでいるのか、運ぶ時の固定方法、荷台への積み下ろしなど、様々なユースケースで発生する問題点を解決する。その繰り返しでユーザビリティに配慮された理想の姿がデザインされていきました。
ハンドルの収納、収納するための回転軸のパイプがトラックの荷台積み下ろし時の取っ手になる。本体手前の前輪をガードするパイプも積み下ろし時の取っ手になると同時に、荷台固定時にはロープ通しにもなる。このようなディテールもユースケースから考察されたデザインです。
具体的な機材のデザイン検討のフェーズでは、2Dスケッチから、3Dデータと、段階を追って可視化したものでデザイン検証を行いました。スケッチなど可視化されたものがあることで、メンバー全員で「ああでもない、こうでもない」と効率的に議論ができるのです。
機能評価までできる精度の高いデザインモック
――3Dデータでのデザイン検討の後は、最終的にどのようにデザインを固めていくのですか?
清水:デザイン確認の最終段階では、実際の製品と同じ大きさ重さでモックアップを制作します。一般的なデザインモックアップは形状や色などデザイン面の確認のために制作されますが、SSAPのデザイン支援の特徴として、デザインモックアップを機能評価も行える精度で制作することが可能です。
今回は次に量産設計のプロジェクトが計画されていましたので、デザインモックアップで機能評価が出来る構造と強度で制作しました。実際に用いるレーダー装置もモックアップ内に実装しています。このモックアップで操作作業のユーザビリティ評価や、筐体の形状と素材がマイクロ波に及ぼす影響の計測評価も行っています。
デザイン検討と設計初期段階の試作を一つのモックアップで共用することで、コストと時間を有効に行うデザインプロセスです。
ユーザビリティを武器に探査機の革命を起こす
――アウトプットのどういった点を評価していますか?
冨田:現場で作業する方々が使いやすい、スタイリッシュで機能的なデザインが気に入っています。特に「軽量化」が実現したのは、探査機の革命だと思います。
清水:冨田さんに「機材を軽量化してくれ」と言われた時は正直驚きました。軽くしたいということは、探査機自体の重量を軽くできるのだと理解したのですが「重量はこれ以上軽くはならないよ。」とのこと。「重さを変えずに軽くする?」そこから冨田さんとの禅問答が始まりました。
解決のヒントは現場にありました。操作作業の観察です。地中探査はある面積内を、探査機を押して往復してデータを採取します。往復の180度反転時に前輪をウイリーさせて向きを変えます。この時、ハンドルを押し下げる行為が作業疲労を招き機材を重く感じさせていることが分かりました。「てこの原理」で解決できるのでは?という閃きから手作りのラフモックも使用して、重心位置、ハンドルと本体の支点・力点・作用点の位置関係を工夫しました。ハンドルを押す力を車軸に効果的に伝える工夫も気づき、ユーザーが使う力がこれまでより格段に少なくて済むデザインが完成しました。重量自体ではなく、ユーザーが「体感する軽さのデザイン」を実現したのです。
これは使い勝手の向上となる体験価値のデザインだと思っています。スケルカートNEOは、ジオ・サーチの方々と丁寧にコミュニケーションを進め、可視化されたデザイン素材で議論を重ねたからこそ出来上がったものです。
――スケルカートNEOは、現場へ導入の準備中と伺いました。製品の今後にかける想いをお聞かせください!
冨田:実は機材は既に展示会には出していて、清水さんに紹介いただいた外部の設計会社さんで量産設計をしているところです。現場への導入は少し先の予定ですが、ユーザビリティを重視したスケルカートNEOは、この業界で数十年もの間ずっと変わらなかった探査機材の革命的なツールになるのではないかと思っています。
清水: SSAPではユーザーの視点に立ち、体験価値を高めるデザインを創出し新規事業を成功させたいと思っています。新規事業に必要な3つのデザインポイント「プロジェクトビジョンの可視化」「アイデアの可視化」「体験価値のデザイン」に重点をおきデザイン開発を支援させていただきます。
スケルカートNEOは現在量産設計を行っています。ジオ・サーチの皆様と設計チームとSSAPデザインノウハウで密な協業が進行中です。私もスケルカートNEOは地中を可視化し社会貢献する革命的なツールになると信じています。
SSAPでは、スケルカートNEOのプロダクトデザインに加え、ジオ・サーチの北米進出のためのブランディングデザインもサポートしました。次回は、ブランディングデザインの全容をご紹介します!
Challengers ~イノベーションの軌跡~ジオ・サーチ株式会社 #02|北米進出のためのブランディングデザイン
※本記事の内容は2022年9月時点のものです。