Sony Acceleration Platformでは、大企業の事業開発を中心に、さまざまなプロジェクトを支援しています。本連載では、新しい商品や技術、サービスアイデアの事業化を行う会社や起業家など、今新しい価値を創造している方々の活動をご紹介します。
今回は、ソニーグループ株式会社とエムスリー株式会社の合弁会社である、株式会社サプリム(以下、サプリム)での取り組みをご紹介します。
株式会社サプリムは、日経クロストレンドの「未来の市場をつくる100社」(2025年版)」にも選出された、デジタルヘルスを事業領域とする企業です。
連載初回は、サプリムでソニーグループの代表として取締役副社長をつとめる上木 建一郎さんに、合弁会社設立のきっかけや、現在取り組まれているデジタルヘルスサービスへの挑戦についてインタビューしました。
新規事業の中身ではなく市場の将来性を重視
――現在のご所属と、どのような事業に携われているのかをお教えください。
現在、ソニーグループ㈱にて、新規事業を担当しています。そのひとつとして、今後の成長が謳われる「身体のインターネット(Internet of Bodies, IoB)」の市場に向け、エムスリーとソニーグループで合弁企業株式会社サプリムを設立し、デジタルヘルス事業に取り組んでいます。
私自身はこれまで、ハード、ソフト、サービス、コンテンツなど複数の分野で、いわゆる「ゼロからイチ」にするタイプの事業、複数のジョイントベンチャーの立ち上げに携わってきました。
――今回、なぜデジタルヘルスという分野に携わろうと思われたのでしょうか。そしてどういったきっかけでサプリムの設立につながったのでしょうか。
今後10年の成長市場であるという点とソニーグループの新規事業ですのでグループのアセットを新たに適用できそうかという点を考えます。市場について、市場については、高齢化社会はもちろんですが、最近は若い世代でも身体の健康や美容への意識の持ち方は以前より高まっていると感じます。新しいフェーズに入ろうとしているこの市場は、いわゆる従来のヘルスケアとはまた異なるアプローチで、技術からコンテンツ・金融のアセットを適用できる領域ではないかと期待しています。
サプリムには前身となるプロジェクトがありました。新型コロナウイルス感染症が蔓延していた2020年に、エムスリーとソニーグループで、医療関係者や患者を支援するためのプロジェクトを行い、私が担当させて頂いていました。ある意味、社会貢献のプロジェクトだったのですが、両社がとても良い相性でしたので、この機会に一緒に事業ができないかと提案させていただきました。
――現在サプリムでチャレンジされていることについて教えてください。
サプリムでは、医療のエビデンスを前提に個人の身体データと独自のアルゴリズムを用いて、様々な課題を解決する新しいデジタルヘルスケアを複数投入して行く予定です。現時点では、睡眠や運動に関する個人・企業向けサービスや医師の業務支援サービスをご提供しています。
提供する価値の在り方について、私は広く捉えたいと考えています。技術、エンタテインメント(以下エンタメ)、スポーツ、金融、マーケティングなど総合的に採り入れた独自の新しいウェルネスを、柔らかく定義していくことが、多くの方に自然に届くのではないかと思っています。「気持ちよく過ごす」くらいの捉え方でも良いのではないかと思います。
これまでの娯楽は“興奮”を促進するタイプが多かったと思うのですが、スマホによりコンテンツへの接し方が多様化したこれからの時代、“癒し”とか“整える”ためのコンテンツを作ったり届けたりすることにもニーズが増えていくのではないかと思っています。
例えば、身体を計測し、疾患予防のために見える化をし、取るべきアクションを提案したり、体調や気分の調整に最適なコンテンツ体験を提供したり。あるいは、誘惑の多い現代社会で健康に暮らすにはある程度本人の行動が必要ですが、その行動変容の仕掛けにエンタメや技術が果たせる役割は大いにあるでしょう。最近はジムやインストラクターの在り方も大きく変化していると感じますし、予防医療を重視する施設も増えています。世界を席巻している「ポケモンGO」「ポケモンスリープ」のようなアプローチは、老若男女の健康意識の高まる時代において、需要が爆発する領域でしょう。
ただし、重要なこととして、科学的な医療の知識のないデジタルヘルスは全く価値がありません。そこはしっかりと医学的なエビデンスもあるものを土台にして行く、あるいは適切に医師・病院など医療のサポートへとつなげることが、本当のウェルネスになると思っています。圧倒的No.1の医師ネットワークである「m3.com」を有するエムスリーと組ませて頂いているのは、まさにそれです。エンタメと医療エビデンスが組み合わされば、まだ世界が体験したことのない、気持ちのいい未来の生活をつくれるのではないかと思います。
――現在、ソニーで事業開発をするうえで感じている課題はありますか?
私は現在、スタートアップではなく、企業の中で新規事業を創出する立場ですが、これをやっていますと、ヘルスケアに限らないことですが、「大企業とスタートアップの戦い方」にはいつも悩みます。新規事業をやろうとすると、ほとんどの場合は強力なライバルのスタートアップがいらっしゃいます。一見、全体規模では大企業のほうが有利ですが、ひとつの新規事業単位で考えると、スタートアップと大企業新規事業部署は1対1の戦いになります。その時、大企業といっても、新規事業プロジェクトの初期の予算や人数は多くなく、それほど横の連携もできていないことが多いです。むしろ出資を受けているスタートアップの方が活動予算を持っていることは多々あり、人数や人的ネットワークも強かったりします。自分が新規事業に関わる中で何度も見てきた景色です。同趣旨のことを有名起業家の方が講演されていたので、構造的にそういうものなんだと思います。
逆に、GAFAMなどの大型プラットフォームに目を向けますと、彼らと戦うには、アナログで、細分化された性質が残る領域が対抗手段ではないかと思います。この点で、エンドユーザー向けのメディカル・ヘルスケア領域は面白い市場のひとつではないかと思います
――サプリムはいわば社内起業かと思いますが、いつから起業や新規事業創出に興味があったのでしょうか?
私は学生の頃からプロジェクトを創造することあるいは起業文化に関心がありました。ソニーにて20代の頃、あるエンタテインメント製品事業の新規開発に携わらせて頂きました。個人的にはもともとは当時黎明期だったインターネットビジネスをやりたいと思っていたのですが、ソニーの研究所に見せて頂いた試作機があまりに面白く、休日にPlayStation®を真似したビジネスモデルをリーダーの方に勝手に送り付けたりしていました。その製品は商品発表から大変な話題を博し、世界中のメディアから大きな反響を呼び、グッドデザイン賞大賞など多くの賞を受賞しました。歴史的にも、全く市場が存在しなかったもので、それをゼロから創り出すチームは情熱的でクリエイティブで起業そのものという感じで、そのような場面に参加させて頂いたのはとても貴重でした。
事業にはビジネスモデルが必要だと学んだ最初の新規事業
――同事業の立ち上げが起業そのものだったとのこと。そこではどのようなことを学ばれたのでしょうか?
そのエンタメ製品事業は一斉風靡したものの、数年で終了し、私は最後のカスタマーサポートメンバーを務めました。あの時はとても反省しました。自分は商品企画や関連アニメ制作などのメディア戦略を担当していたのですが、ビジネスなど全く考えず、ただ自分の好みで「こういうものを作りたい」という話ばかりしていて、無軌道に取り組んでいたことを反省しています。
ですからそれ以降は、ビジネスモデルのほうに関心が行くようになり、勉強しました。どういう収益構造になっているのか、お客様が誰で、何にお金を払うのか、どのレイヤーで役割を果たすのかなど。さらにその後の事業では、現場、想定顧客の実感を直視することの重要性も学びました。
次なる挑戦は、エンタメ×健康データによる顧客価値
――過去の事業立ち上げ経験が今につながっているのですね。新規事業での目標達成のためには、どのような考え方が重要なのでしょうか?
その後もゼロから事業をつくるいわゆる「0→1」のチャレンジをいろいろとやってきましたが、いまだに毎日、「新規事業は難しいなあ」という思いを新たにします。最初の発想の難しさなんて序の口で、市場に出してみると、自分たちのアイデアを形にしたものと世のニーズは、だいたいマッチしない。ニーズの芯を捉えることが難しく、それが分かっても、組織やアセットの都合から、当てる状態に持っていくことが難しいんですよね。細部までしっかりフィットしないと価値を感じて頂けない。「あったら良いよね」程度のものにお金は払ってくれない。法規制などのタイミング、強い競合がいたり、想定以上に時間がかかったり、内部事情で自滅したり。そういったいろいろなハードルがある中で、“お金を払って頂く”“使い続けて頂く”ような新しいモノをゼロから成立させるのは、確率としてかなり難しいと感じます。
ですので、普段の仕事においては、できるだけ完全な空振りはしないよう、せめてヒントを掴むチップになるようにしようと心がけています。多くの先輩たちが口を揃えておっしゃいますが、結局、よく考え抜いて、光の速さで動いて、良いスイングを振る数を増やすしかないんですよね。あとは顧客価値を考え抜くことから逃げないこと。結局そこに帰ってきます。そして、それがはっきりしないうちは巨額投資を避けること。道を間違ってることが分かっても、巨額投資していると、認めづらくなります。つまり、間違うことを前提としてどう進めるかですね。
今回の事業も簡単ではないですが、身体データとエンタメを、柔軟な発想で少しずつ顧客価値にして行きたいと思います。
次回は、株式会社サプリムからリリースされている「毎日運動」アプリの開発者である石村悠二さんと上木さんの対談をご紹介します!
※本記事の内容は2024年7月時点のものです。