「CREATORS 100」は、Sony Startup Acceleration Program (以下SSAP)を立ち上げ、運営するソニー株式会社Startup Acceleration部門副部門長の小田島が、様々な業界で新たな時代を創り出している起業家・経営者を訪問するインタビュー連載企画です。「クリエイターをクリエイトする」ことをスローガンに掲げ、スタートアップの創出と事業運営を支援するSSAPの視点から、スタートアップにチャレンジしてきた起業家やクリエイターの起業ストーリーやフィロソフィーなどをお届けします。
第2回は、日本最大のコスメ・美容サイト「@cosme(以下アットコスメ)」を展開する株式会社アイスタイル(以下アイスタイル)代表取締役社長 兼 CEOの吉松徹郎さんにインタビュー。前編では、アイデアを事業化させていった背景や、資金調達のエピソードをご紹介しました。後編は、事業コンセプトを磨き上げていくために必要なことをはじめ、成功の秘訣や起業家にとって大切な心構えなどについて語っていただきました。
質問はやがて飽和する。全てに回答した瞬間、ビジネスモデルを一番考え抜いたことになる。
小田島:多額の出資を受けて会社が黒字化に転じるところまで伺いましたが、それまでに事業を辞めようと思ったことはなかったのでしょうか?
吉松:「お金がないこと」と、「ビジネスモデルが正しくないこと」は必ずしも一致しないので、辞めようと思ったことは一度もありませんでした。
あと、私はよく「質問は飽和する」と言っているのですが、これまで多くのベンチャーキャピタルにお会いし、ビジネスモデルに対する様々な質問をいただいてきましたが、その内容は必ず飽和します。せいぜい200パターンぐらいかと。質問が飽和したときに全部の質問に答えることができたら、「そのビジネスモデルのことを一番考え抜いたのは自分だ」ということになります。その領域に対して考え抜いている確認があるので、辞める理由がないのです。
小田島:「質問は飽和する」という考え方は面白いですね。ちなみに、ビジネスモデルの概念そのものが間違っていると思ったことはないですか?
吉松:化学の実験と一緒で、理論武装をしたら後は検証しないと、それが間違っているかどうかは分かりません。もともと経営というのはお金がない、人がいない、情報がない、コネクションがない、といったものを解決していくことですから。5個を準備しても、残りの95個は準備できていない、といった状況が延々と続くわけです。例え最初の5個を準備しても、リスクは何も解決されていません。ですから、その課題を解決できるかをひたすら検証する必要があります。
ひたすら考えて考えて考え抜いて、「できない理由」を潰していく。
小田島:事業化に向けた最初のコンセプト作りについてお聞かせください。
吉松:コンセプトに関しては、考えて考えて考え抜いていると言い切れます。いま現在も、創業当時に作成した事業計画書の内容に向かって走り続けていますから。その点については、26歳当時の自分に対して「お前、よく考え抜いたね」と褒めてあげたいです。
よく「ピボット」と言いますが、三歩動いて一歩も進んでないのでは意味が無い、と私は考えています。ピボット等を行う際、「早く実行することが正解だ」というのも一理ありますが、事前に考え抜いている量が少ないと感じるケースが多々あります。考え抜くことで初めて巨額の投資ができますし、圧倒的な自信と続ける理由になります。
小田島:いいコンセプトに必要なものは何だと思いますか。
吉松:「実装できるか否か」が全てだと思います。あと私の場合、「なぜこのアイデアを他の人がやっていないのか」「これをやるべき会社はどこだろう」と考えます。そのアイデアが実現していない要因は人なのか、構造なのか、はたまた組織の問題なのか、など。異なった視点から“できない理由”を詰めていくことも大切なことです。
小田島:その“できない理由”を考え何かしらの答えにたどり着いた時は、実行に移さないということでしょうか?
吉松:いえ、その場合は、「“できない理由”を解決するためにはどうしていけば良いのか」というコンセプトを磨いていくのです。そして、“できない理由”を解決できたらこの事業は実現できるのか、とひたすらに潰していくだけです。ですから私は“できる理由”は一つも探していません。できない理由がなくなれば、納得できるはずなのです。
小田島:なるほど。“できる理由”ではなく、“できない理由”を探していくのですね。
吉松:人は“できる理由”については教えてくれません。“できない理由”にだけ突っ込んできますから。それをひたすら潰していって、飽和した瞬間に「自分は全部考えている」ことになります。だからこそ、“できない理由”が欲しいのです。
「負けない戦略」が重要。メディアだけでなく、複合的なサービスによって強みを出す。
小田島:事業化することで、歯がゆいと思ったことはありますか?
吉松:自分が良いと思ったことのを他の人と共有することが難しいことですね。実は、アットコスメストアを始めたいと思ったとき、アイスタイルの取締役会で否決されたのです。「ネットビジネスはアセットを持たないで高い利益率のサービスを生み出せるのが利点なのに、なぜ今から実店舗を運営するのか?」と。私の中でできない理由は潰し切っていて、あとは実行するだけという思いがありました。ですから、最終的には自己資金を投入して別会社を立ち上げ、店舗をスタートさせていったのです。
小田島:そうだったのですね。アットコスメストアも含めて、アイスタイルがここまで成長した大きな要因は何だと思いますか。
吉松:アイスタイルの実現しようとしているビジネスモデルにおいては「考え抜いている」ことだと思います。
多くのネットベンチャーは、ネットの中で儲かるマーケットを見つけて動いています。「iモードが主流になったらiモードの課金コンテンツをやろう」といった感じで。ただその勝負は最終的に資本の大きいところしか勝てません。我々はその逆で、化粧品ユーザーのプロファイルを一元するデータベースを構築する。そのためにまず、アットコスメをつくり、集まったデータを基に店舗やECというビジネスを始める・・・というように積み上げ型のビジネスモデルを構築しているのです。いままでなかったビジネスモデルなのでどこかの会社を参考にするのではなく、何を積み上げ、何を作ろうとしているのか、ということをひたすらに考え抜いていることが、アイスタイルがここまで続けてこられた一つの理由だと思います。
小田島:アセットがあることが重要な競争優位性になってくると思うのですが、どうやって競争優位性を生み出していますか?
吉松:勝つ戦略ではなく、負けない戦略をとることです。孫氏の兵法と一緒で、負けないようにしていけば結果的に残ることができると考えています。メディアだけで見たらアットコスメは1位ではないかもしれないし、リテールだけで見たらマツキヨなどの競合が強いかもしれません。またECでもamazonや楽天といった強力な存在がいます。でも、「複合的にアットコスメが強い」というポジションを取っていくことが非常に重要で、それこそが私たちが必要とされている理由だと思います。
事業を始めるために必要な心構えと、スタッフと会社のバランス感覚。
小田島:先ほどの“できていない理由”を潰していくための専門チームのようなものが、社内に存在しているのですか?
吉松:いえ、そういったものは存在しません。ただひたすら考えるだけです。まずは自分の頭で考えて、人に聞かせてその反応を見ながらブラッシュアップさせていくといった感じです。常にスタッフに意見をぶつけていって、ガシガシとディスカッションしていきます。
小田島:吉松社長が先陣を切って、常に考え抜いていらっしゃる感じですね。
吉松:私が他の経営者と違う点は、会社全体に対してのパワーポイント資料を異常なまでに作成していることですね。取締役会などで、会社のコンサルタントみたいな感覚で説明しています
小田島:なるほど。ご自身でそこまでされているのですね。組織を活性し続けるために大事にしていることはありますか?
吉松:新卒や中途も含め、あえて多様なスタッフを混ぜて「不安定さ」を生み出すようにしています。ASIMOやセグウェイのように、不安定なものを安定化させるプログラムだとスピードがついてきますから。いかにカオスであってもそれを直そうとする力が働き続ける動的平衡な環境を作り出すのがトップの仕事だと思っています。
またスタッフ全員が全員、100%同じ理解度で会社を理解する必要は無いと考えています。メディア担当であればユーザーにとって有益な記事を提供してほしいし、ストア担当であれば目の前のお客さんを喜ばせることに全力投球してほしいです。それぞれの持ち場で頑張っている、そういった個々が繋がっていることがアイスタイルの強みです。
スタートアップに挑戦する方々へのメッセージ。
小田島:投資家と話すときに気をつけていることはありますか。
吉松:気にしているのはやはり投資家側の視点ですね。高額の出資というのは投資家たちにとっても大きなプレッシャーが掛かると思いますので、そのプレッシャーを減らすにはどうしたらいいだろうか、と投資家側の目線に立って考えるようにしています。
小田島:これからスタートアップを目指す方々に対して、これだけはやってはいけないなどのアドバイスがあればぜひ。
吉松:絶対に「私利」を出さないことです。私利が出てくると、バランスが崩れる瞬間が必ずやってきます。そして、どうやって成功するのではなく「5年後のイメージ」にどう近付けていくのかを考えてほしい。そうすると、結果はおのずとついてくると思います。
小田島:なるほど。座右の銘がございましたら教えてください。
吉松:「折れない心」です。
小田島:これまでの吉松さんとアイスタイルの軌跡を、まさに表す言葉ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、スタートアップに挑戦している方々に向けて動画メッセージをお願いします。
・吉松さんビデオメッセージ