2022年11月に発表された、サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社(以下、サントリーグローバルイノベーションセンター)が開発中のウェアラブル端末「XHRO(クロ)」(仮称)。XHROは、サントリーグループとして初めて出展した「CES(※1) 2023」で、CESの展示から特に注目すべき製品・サービスを表彰する「CES 2023 Innovation Award」を受賞しました。
XHROの開発にあたり、Sony Startup Acceleration Program(SSAP)はハードウェア・ファームウェアの開発を支援しています。XHROの構想から、どのようなプロトタイプを経て製品発表に至ったのか?XHROが狙うさらなる進化とは?サントリーの新たな挑戦の軌跡と未来に迫ります。
異例の社外連携による、サントリー初のCES出展とAward受賞
――水谷さんのご所属とキャリアを教えてください。
水谷さん:サントリーグループの基盤研究を担う会社「サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社」の研究部に所属しています。私はこれまでアカデミアでの研究歴が長く、2016年までアメリカの大学で仕事をしていました。帰国後はアカデミアとの連携を残しながらも、民間企業やスタートアップ企業に所属して、生活を変えるかもしれない新しい技術の社会実装に取り組んできました。
私たちの組織では、これまで社内で実施してきた従来の研究体制に加えて、研究者個人が裁量を持って外部連携を構築しながら、指定の重点領域に絞って自身の研究を進めています。XHROは私の研究の延長線上で生まれた構想から始まり、SSAPに支援していただきながら開発を進め、先日無事にデバイスを発表することができました。
――安住さんはXHROの開発にあたって、何を担当しましたか?
安住:SSAP側の開発プロジェクトリーダーとメカ設計を担当しています。サントリーグローバルイノベーションセンターには2021年1月から支援させていただいています。水谷さんが考えるコンセプトに合ったウェアラブルデバイスをどういった仕様で実現するのか、常に議論をしながら細かな技術検証を積み重ねることで、ついにデバイスを具現化することができました。
――今回開発された「XHRO」は、サントリーグループとして初めて出展した「CES 2023」でCES 2023 Innovation Awardを受賞したと伺いました。改めて、XHROとはどのようなデバイスですか?
水谷さん:XHROは、あらゆる生体データの時系列的なリズムを24時間365日に渡って記録することを目指し開発したウェアラブルデバイスです。XHROを首の後ろに装着することで、日常生活を送りながら、脳波・心電・筋電を含む生体電位、生体インピーダンス(※2)、4波長による光電式脈波センサー(※3)を活用した脈波の計測、血糖、血圧のトレンド推定を含む長時間の時系列推移の記録を視野に入れています。その他にも体表温度と体幹の加速度の記録も可能で、これら全てのバイタル情報を統合的に処理することで、生体リズムの定式化を行っています。
さらには、人工知能技術を活用して今後の体調変化や加齢の状態の予測も可能と考えており、ゆくゆくはXHRO上で「健康増進のために今できるアクションは何なのか」を提示できるようにしたいと考えています。
ちなみに、デバイスの読み方をよく聞かれますが、正解は「クロ」です(笑)。ギリシャ語で「時間」を意味するChronoという接頭語のCをXに変えて、新しい自分「X」を見つけていく意味を込めました。
生体リズムを計測し、健康増進に役立てられないか?
――XHROの開発に取り組むことになった背景を教えてください。
水谷さん:私の専門分野は「神経生理学(※4)」で、脳の機能に興味があり研究を続けてきました。人間には脳の中にある中枢時計が支配する、睡眠と覚醒を繰り返すリズムが備わっています。このリズムが狂うとさまざまな生理的な機能に影響があることが一般的に知られており、「生体リズムを定量的に計測し、個々人の健康増進に役立てることはできないか」という発想からXHROの開発を決意しました。
――開発にあたって、水谷さんが特にこだわった点は?
水谷さん:XHROを開発する上でこだわった点は「長時間の記録を行えること」「装着が快適であること」「多種類の生体データを同時に取得できること」です。プロトタイプの先にある長期的な社会実装の可能性もイメージして、XHROをどうように進化させていけばいいのか、ということもかなり考えました。
ハードウェア開発の技術的な限界もある中で、どのような製品を世に出すべきか、理想と現実のはざまで決断していく部分が一番苦労しました。
技術力があるメーカーの力が必要だった
――初期の頃には水谷さんご自身でプロトタイプを作成されたこともあると伺いました。SSAPの支援を導入された背景を教えてください。
水谷さん:プロジェクト立ち上げ当初は、研究所が京都にあることもあり、京都でハードウェアの開発支援をしているベンチャーキャピタルと接点を持ちました。私にはハードウェア開発の経験が無かったため、多くの方に手伝ってもらって初期のプロトタイプを作ったものの、「よりクオリティの高いものを作るにはやはり技術力のあるメーカーの力が必要だ」と感じました。ソニーの総合的な技術開発力とSSAPの柔軟な対応に可能性を感じてデバイス開発を依頼することにしました。
――安住さんはXHROの開発にあたり、アクセラレーターとしてどのような支援を行いましたか?
安住:SSAPでは「プロトタイプ開発」というサービスで、ハードウェアの開発と組み込みのソフトウェア開発を支援しています。今回CESに出展するXHROの試作機も、SSAPで設計から組立までを一貫して行っています。
支援は、まずデバイスとしての実現性の検証からスタートしました。SSAPとしてもこれだけ多くの生体データ(脳波・生体インピーダンス・光電脈波・体表面温度・加速度)を同時に計測するデバイスの開発は初めての経験で、それぞれのセンサーをどの部位に配置すれば体表から高品質なデータがとれるか?高密度に集積されたセンサーの測定を、互いに干渉させずに動作させるためにはどういった制御をすれば良いか?など、技術検証を綿密に行いました。検証をしっかり終えた後、設計制約やセンサー特性に関する知見をベースに、試作機として一つのデバイスの中に全ての機能を集約するインテグレーションを行っています。
プロダクト理念を維持した、ミニマルなハードウェア
――ハードウェア・ファームウェアの商品設計、ハードウェアデザインの支援で役立った点はございますか?
水谷さん:SSAPでなければ、最初のプロトタイプでここまでのクオリティを達成することはできなかったと思っています。「役に立ったか」という表現より、「SSAPの支援がなかったら実現できなかった」と思うレベルです。
支援当初から私の作りたいものに耳を傾けていただき、それを実現するために徹底的に寄り添っていただきました。私が目指すプロダクト理念を維持しながら、それを実現するために最大限の技術的なアプローチをしていただけたと感じています。一貫してハードウェア開発のスピード感は速く、私のわがままを吸収してくれる柔軟性を常に発揮していただいたことで、大きな信頼感を保ちながらプロトタイプを完成させることができたと思います。
――支援の過程で工夫したポイント、こだわったポイントは?
安住:24時間連続して装着し続けられるウェアラブルデバイスを設計するにあたって「ユーザーがストレスなく快適に装着し続けられるか?」という観点での作り込みが大きな課題でした。最初はどのように体に装着するかも決まっていなかったのですが、モックアップの作成による検証と試行錯誤を重ね、耳の裏と首の裏に貼り付けるという現在の方向性を定めました。人間の体というのはフラットな面が少ない三次元の曲面形状ですし、体の動きによる変形や体型の個人差があります。その様な変形や差異に追従し、ストレスフリーに装着し続けられるために、デバイスの一部には柔軟なシリコン素材を使用しています。
また、このようなデバイスを作るときに「小さくて」「軽い」ことはあらゆる面で理想的です。私自身が過去にスマホの設計を担当していた頃の経験をベースに、0.1mm、0.1gを削る高密度な設計を行い、論理的にこれ以上できない位にまで無駄な部分を削ぎ落とすことで、ミニマルなサイズのデバイスを実現しました。
加えて、今回はメカ設計と同時に筐体のデザインも私の方で担当させていただきました。設計と同様にとにかく無駄を削ぎ落とした形状にすることで、生活の中に溶け込むXHROの世界観を体現した、シンプルで未来感のあるデザインになったと思っています。
サントリー×SSAPで目指す、社会実装に向けたXHROの進化
――今後のXHROの展開にかける想いを教えてください!
水谷さん:私の考えるXHROのコンセプトは、心身へ豊さを与える装置となることです。XHROの進化を通じて、人々の健康や幸福度を大きく向上させる仕掛けを生み出していきたいと考えています。サントリーらしく人生を楽しみながら、自分が自然に新しくなっていく。そんな部分をうまく引き出していきたいという気持ちが大きいですね。
しばらくの間はXHROを用いて研究用のデータを取得したり、データの信憑性を上げたりすることに力を注ぐ予定です。一方で、XHROのようなデバイスを医療で使いたいというニーズも把握しているので、医療関係者の皆様とも連携しながら、XHROを使って貢献できることを模索していきたいと考えています。その他、かなり多くの種類の生体データを生データとして取得することができますので、研究レベルで連携してみたいと思う方がいれば、ぜひお声がけいただければと考えています。XHROは、個々人の最適な状態を推定するのに必要な生体信号を多次元的に取得することが可能なので、パーソナライズされたフィードバックシステム等を開発するのには向いていると思います。
安住:支援をさせていただいている立場で言うのも変ですが(笑)、XHROは今まさに第一歩を踏み出したところだと考えています。XHROが将来的に提供したいサービスのことを考えると、これからより多くのユーザーに装着していただいて、その中で取れるデータや起きる物事に関して注意深く観察をし、全てを磨き上げていく必要があります。
水谷さんとこれまでご一緒させていただく中で、支援する側・される側の垣根を越えて、どうすればXHROが実現したい未来を手繰り寄せられるか、一丸となって取り組めるチームを作ることができました。引き続き本格的な社会実装に向けてお手伝いできればと思っています。
連載「サントリーが切り拓く未来 ー生体データ計測デバイス「XHRO」ー」では、今後もサントリーの新たな挑戦の軌跡をご紹介してまいりますので、お楽しみに!
※本記事の内容は2023年1月時点のものです。
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