新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大により、世界の多くの国や地域に様々な影響が出ています。
COVID-19の影響が長期化することが予想され「Post/With COVID-19」というキーワードが多く飛び交う今、新規事業に取り組む方々は、何を見据え、どう取り組めば良いのでしょうか。
今回は、サンフランシスコのベイエリアにあるSony Startup Acceleration Program(SSAP)のアメリカ拠点「Takeoff Point」(TOP)社長の石川 洋人さんに、シリコンバレーの今をインタビューしました。(取材は2020年5月上旬に実施)
閉店と撤退、そして業態の変化。
――アメリカ・サンフランシスコでは今、どういった変化が起こっていますか?
外出禁止令が2020年3月中旬に発令されてから約2ヶ月間で、周りの会社や店舗のビジネス状況は、本当に驚くほどのスピードとスケールで変わりはじめています。
まずは、閉店と撤退。特に営業が禁止されている飲食業やサービス業では、多くの店舗でほぼ外出禁止令の発令と同時に従業員を解雇し、休業・閉店を決断したり、会社であれば身売り・撤退を判断したりしたビジネスが多く見受けられました。ビジネスの継続ありきではなく、経済合理性のもと、スピーディーに判断した結果だと思います。また、雇われていた側も、雇用の継続を求めるよりも、潔く失業者保険を申請し、受取期間が延長された失業保険金(カリフォルニア州の場合、最大$450/週)に加え、パンデミック失業対策支援制度の給付金($600/週)を受け取った方が、合理的だと考えている人が多いようです。その結果、多くの企業が活動停止し始めた3月中旬から8週間だけでも、失業保険申請者数は3,600万人を超え、アメリカ全体の労働人口の5人に1人が失業した計算になります。勿論、法律も失業保険の制度や給付金も日本とは違いますが、日米間のビジネス環境と文化の違いを感じます。
次に、業態の変更。例えば、これまで店舗型だったビジネスが、すぐに店舗を閉めてオンライン販売を始めたり、レストランであれば迅速にテイクアウト型に切り替えたり、従来のやり方にとらわれず、制約やニーズの変化に合わせて実に柔軟に対応している企業や店舗がとても多く見受けらます。
いずれも、やはり外出禁止令の発令とほぼ同じタイミングで始まり、「この世に生き残る生物は、激しい変化にいち早く対応できたもの」と良く言いますが、シリコンバレーにある会社や店舗はまさにそれを体現しており、そのスピード感には本当に驚かされています。
――閉店・撤退や業態変更で、特に印象的だった事例はありますか。
Googleの本社があることで有名なマウンテンビュー(カリフォルニア州サンタクララ郡の都市)に、「Clarke‘s Charcoal Broiler」というシリコンバレーでは有名な創業75年の老舗レストランがあったのですが、外出禁⽌令の翌週に閉店が決定されました。SNSでは、閉店を惜しむ声・営業継続を求める声が多く集まり、営業継続に寄付⾦も集まったようですが、すぐに閉店を決断し、店主はテレビのインタビューで「営業継続は可能だが、今までのようなビジネス環境に戻るには時間がかかり過ぎる」とコメントしていたことが、個人的には印象的でした。このような歴史ある人気店のあっ気ない閉店を目の当たりにし、雇用維持や事業の継続ありきではなく、ドライに経済合理性を追求する「アメリカらしさ」を実感しました。
また、外出禁止令により営業ができなくなったイーストベイ(サンフランシスコ湾の東側)にあるトレーニングジムでは、スタッフが器具の使い⽅やトレーニングメニューを紹介する動画コンテンツを作り、それを使ってフィットネス器具をオンラインで個人に販売するディストリビューターに転⾝した事例もあります。これは、外出禁止令の解除と営業再開をただ待つのではなく、自分たちの強みを活かし積極的に「ピボット」をいち早く行った例であり、オーナーの大胆さと実行力に衝撃を受けました。
急激に伸びた事業、厳しい局面に立たされた事業。
――スタートアップの世界では、COVID-19によってどういう変化が起こっていますか?
COVID-19を機に急に伸び始めているスタートアップは、在宅の仕事と生活を支えるカテゴリです。仕事の面では主に在宅勤務のツールが伸びておりビデオ会議のZOOMは、年末に1千万人だったユーザー数(Meeting Participant)が4月末には30倍の3億人に伸びました。また、Notionというコラボレーションツールは3月末に、Figmaというクラウドベースのデザイン・ソフトウェアは4月に、どちらも資金調達を行い、このコロナ禍に突如としてユニコーンになりました。生活の面では、NetflixやStreamといった動画やゲーム配信事業は勿論、オンライン教材やリモート医療、さらに自宅で出来るフィットネス関連も注目されていて、自宅用の筋トレプログラムとマシーンを提供するTonal は3月末時点で売上が3倍以上伸びているという報道がありました。
――逆に、苦しみ始めているのはどのようなカテゴリでしょうか?
厳しい局面に立たされているのは、モビリティ系と旅行系のスタートアップです。アメリカは、自転車やスクーターのライドシェアサービスが多くありますが、それらは大規模な解雇や身売り観測が出ていて厳しい状況です。Uberも乗客とドライバー数が激減していて、COVID-19の影響で6,700人(全体の約25%)の従業員解雇と45か所の拠点閉鎖を発表しました。IPOが予想されていたAirbnbも企業価値が大幅に下がり1,900人(全体の約25%)の従業員の解雇を行い、旅行予約サービスの「Service」はすぐにサービス閉鎖と、どこもかなり厳しい状況のようです。特に、まだ売上が立っていないスタートアップは、業種を問わず、Chapter 11(再建型の企業倒産処理を規定した米連邦破産法の第11条。日本の民事再生法に類似し、旧経営陣が引き続き経営しながら負債の削減など企業再建を行うことができる)を申請する会社が増えています。
――COVID-19によって、伸びるビジネスと苦しむビジネスと命運が分かれてきているのですね。伸びる新規事業を見極めるポイントは何になるのでしょうか?
これはスタートアップに限ったことではありませんが、これまでの「当たり前」が急激に崩れ始め、ビジネスを評価する顧客や投資家の「前提条件」も大きく変わってきたので、ビジネスの弱みが強みに変わったり、強みが弱みに変わったりする状況が生まれていると思います。
例えば、外出禁止になってから「Starship Technologies」のデリバリーロボットが、シリコンバレーの街中で急増していると、私の友人たちとの間で話題になっています。これは車輪がついた自律配送ロボットで、配送システムと組み合わせることで、デリバリーをより迅速に低コストで効率よく行うことを目指していたのですが、ロボットが街中の歩道を走る時の事故のリスクや、荷物の受取人が不在だった場合使えないこと等から、工場や倉庫、大学のキャンパスと、限定された敷地の中でしか普及してきませんでした。しかし、今は、人が外出しなくなり、街中の歩道から人が減り、人間と人間の接触が避けられるようになり、さらにレストランからのテイクアウトやデリバリー需要が増えるようになると、「前提条件」が変わることでこのロボットの価値は一気に高まりました。
このようにこれまでビジネスの価値を決めてきた「前提条件」がCOVID-19をきっかけに大きく変わるビジネスは沢山あり、ピンチがチャンスに、チャンスがピンチに変わってくる状況が、色んな所で出てくることは容易に想像できると思います。
今後、いかに「Before COVID-19」と「Post/with COVID-19」との「前提条件」の違いを見落とさずにビジネスを考えられるかが、新規事業に携わっていく上で重要なファクターになってくると思っています。
※この記事内に記載されている内容は、取材した時期・その地域におけるインタビュイー個人の見解となります。
>>「Post/With COVID-19」#02 に続く