2019.11.28
大学発、医療系スタートアップのモノづくり ー株式会社グレースイメージングー

#01 論文のその先へ。医師が始めたスタートアップ

Sony Startup Acceleration Program(以下SSAP)では、これまで培ってきた経験やノウハウを、スタートアップの事業化支援サービスとして社外にも提供中です。2019年からは汗中乳酸センサーを用いた最先端疲労分析・評価サービスの開発・提供を目指すスタートアップ、株式会社グレースイメージング(以下グレースイメージング)に、プロトタイピングを中心としたサービスを提供。さらにその成果を受け、2019年9月にSSAP支援先に対する出資第1号として、新規出資を行いました。直面する様々な問題をグレースイメージングがどう乗り越えてきたのか、ソニーの持つ経験とノウハウを大いに活用し、SSAPがどのようにサポートさせて頂いたのか等を、連載にてご紹介いたします。

第1回は、株式会社グレースイメージング 代表取締役CEOの中島大輔さんと、SSAPアクセラレーターの小澤勇人と伊藤健二に、サービス提供に至った背景をインタビューしました。

現役医師の視点から生まれた、疲労を可視化するヘルスケア事業。

――まず、グレースイメージングの設立のきっかけを教えてください。

中島:私は、今も現役で慶應義塾大学病院に所属している整形外科医です。医局の医師は、診察や治療のほかに論文の執筆も行っているのですが、論文を書いてもそこで終わりということが多く、その知見を実際の世界にどうにか役立てられないものかと日頃から考えていました。そんな中、慶應義塾大学では医学部発のスタートアップを生み出す取り組みが始まりました。ちょうどJSR株式会社が持つ乳酸センサーの存在を知り、血液を採らずに乳酸値を計測できることに可能性を感じたこともあり、医局員としては初めて大学発のスタートアップを始めることになりました。

中島大輔さん 株式会社グレースイメージング 代表取締役 CEO/医学 博士(医学)
中島大輔さん 株式会社グレースイメージング 代表取締役 CEO/医師 博士(医学)

――環境とアイデアがうまく揃ったのですね。具体的にどのようなビジネスアイデアがあったのでしょうか。

中島:乳酸は疲労物質だ、とよく耳にすると思いますが、実はそのあたりの研究はあまり進んでいません。また、スポーツの現場でも、疲労による怪我を防止するための方法のほとんどが感覚的なもので、コーチが変わるだけで全く違うアプローチがとられるようになったりします。そこに、医師として興味を持ちました。疲労と怪我の関係性に、乳酸値をパラメータとして加えることで、新しい世界が広がるのではないか、と。「疲労」という曖昧なものを可視化することで、アスリートを怪我から守り最高のパフォーマンスを引き出せると考えました。
さらに、循環器系のリハビリなど適切な負荷をかけることが必要な医療現場では、疲労度を把握するためにかなり大がかりな装置が導入されている事実もありますので、小型で患者さんに負担が少ない代替ソリューションの提供にもつながれば、医療への貢献も成せると思っています。

初めてのモノづくりは、すぐに暗礁に。

――実際にそのアイデアを形にしていく作業は、順調に進んだのでしょうか?

中島:いえ、まさに真っ暗闇の中でした(笑) 。「乳酸センサーをウェアラブルデバイスとして装着して疲労を可視化する」という、実現したいゴールは見えていました。ただ、我々は商品設計などモノを作った経験が全くない主に化学が専門のチームでしたので、何から始めたらよいのか、課題をどう解決すればよいのか、何もわからない状態。工程表を作ってみたものの、一つ一つが手探りで、気が遠くなりました。
とにかく何か動くものをと試作メーカーに試作品を作ってもらいましたが、我々がきちんと仕様などの要件を出せなかったために、まともに動かないうえにとにかく大きくて、求めているものには程遠いものになってしまいました…。デザイン会社に見積もりをもらっても、その金額が妥当なのかもわからない。「データを拾うセンサー」と、「拾った数値を分析する知見」はそろっているのに、それを「使えるデバイスとして形にするモノづくり」の部分でつまずいてしまったんです。

――なるほど。まさに手探りで進められていたのですね。

中島:我々病院で勤務する医師は、医療分野においていろいろな課題があることは見えていても、それがエンジニアリングの世界になるとどう解決すればよいか全くわかりません。一方で、アメリカの大学などでは医学部や病院内をエンジニアがウロウロしていて、ペインを見つけてはそのソリューションを形にして、ビジネスにつなげているのです。日本はその点がとても遅れている、それを実感しました。

SSAPとの出会いから、数か月で理想のデバイスが形になっていく。

SSAPアクセラレーター小澤勇人と中島大輔さん
写真左:小澤勇人 ソニー株式会社 Open Innovation & Collaboration部 写真右:中島大輔さん

――状態が好転するきっかけは何かあったのでしょうか?

中島:2019年の3月に、あるビジコンへ参加しました。その時我々は工程表を引いていた頃で、暗中模索の時期だったのですが、そこでSSAPの小澤さんと出会いました。お話を聞いてみると、今まさに直面している課題に対し、ベストなソリューションを提供されているのではないかということで、後日詳しくお話を伺うことにしました。

小澤:初めて中島さんが取り組まれていることを聞いた時、SSAPが持つノウハウでお手伝いができるのではないかと直感的に感じました。私自身が長年スポーツをしてきた身ということで、アスリートの怪我を防ぎたい、選手を守りたいというビジョンに共感したこともあり、私のほうから声をかけさせていただいた次第です。
少しお話を伺っただけでも、初めてモノづくりに取り組むスタートアップが直面しがちなお悩みをいろいろと抱えていらっしゃったので、SSAPで伴走が可能ですとお伝えしました。その場で連絡先を交換し、すぐに打ち合わせをさせていただきました。

――SSAPのサービスを受けられると決められたポイントはどこに?

中島:2度目の打ち合わせの時点で、契約の意思は固まっていました。このまま独自に製品化を進めたとしてどれだけコストがかかるのかの計算もままならない中、スピーディで、費用感もクリアだったSSAPのサービスを選ぶのが、最善の選択でした。どういうタイミングで何が手に入るのかが明確で、安心できました。

伊藤:私はプロトタイピングの担当者として、2度目の打ち合わせで初めてお会いしました。その時に最初のプロトタイプを見せていただきましたが、率直に、なんでこんなにデカいのかと…。基板を見ても緑の部分がたくさん見えていて、これはもっとずっと小さくできると、その場で中島さんにもお伝えしました。
我々は医療系の知見はありませんが、ユースケースに合わせたデバイスを作り上げるノウハウを持っています。ビジネス面だけでなく、ハードウェア観点でのコンセプト作りから仕様決め、量産化までをサポートできることを説明しました。

SSAPアクセラレーター伊藤健二
伊藤健二 ソニー株式会社 Ideation & Incubation部

――まさにつまずいていた部分を補えるサービスだったのですね。実際にサービスを受けられて、いかがでしたか。

中島:2019年の6月にSSAPのアクセラレーター支援のもとプロトタイピングが始まりましたが、1か月くらいであっという間に形になりました。ユースケースを考えそれに対する検証を重ねて、プロトタイプの精度を上げて製品に近づけていく、そういうモノづくりの当たり前のステップすら我々はわかっていなかった。最初に、「ユースケースを考えましょう」と言われて驚きました。

伊藤:私は、いかに中島さんの思考を引き出すかを特に重視してサポートしています。SSAP側は、独自のIoT開発プラットフォームである「StartDash Board」を活用してスピーディにプロトタイプを作り、それをもって大学病院内にあるグレースイメージングのオフィスまで伺い実証試験をしてもらう。我々はあくまで黒子です。実際に使うシーンを想定し不都合な点がないかをプロトタイプを用いて検証してもらいながら、スピーディにPDCAを回して仕様を固めていく、そういうお手伝いをしました。

小澤:お客様の利用シーンをより具体的にイメージするために、取扱説明書を作ることもしましたね。

中島:はい。そうやって実際に使うシーンをイメージする、ブレストの方法など驚きの連続で、とても参考になりました。

プロトタイピングがもたらした、次なるステップ。

中島大輔さんとSSAPアクセラレーター伊藤健二

――大幅な小型化にも成功しましたね。

伊藤:最終的に、文庫本からマッチ箱くらいまで、サイズダウンができました。

中島:このサイズダウンをきっかけに、多くの人が関心を持ってくれるようになりました。このプロトタイプを関係者に見せると、写真を撮っていいか、SNSにアップしていいか、必ず聞かれますね。我々が実現しようとしていることを現実的なものとして捉えてもらえるようになったのだと思います。その結果、この10月には、東京都支援事業「先端医療機器アクセラレーションプロジェクト(AMDAP)」の支援も得られることが決まりました。

小澤:最初の文庫本サイズは、装着して走れる”ウェアラブル”とは程遠かったですものね。

中島:今はアスリートの方にでも装着してもらえます。走ってもズレずに正しく数値が取れるか、パフォーマンスを邪魔しないか、などのユーザービリティは、プロトタイプを使って、今も検証を重ねているところです。

――このプロジェクトにかける思いを一言ずつお聞かせください。

中島: 疲れた、という感覚的なものに数値的なパラメータがつくことで新しい世界が広がる。それを実現できるように引き続き頑張ります。

小澤:アスリートを怪我から守るという中島さん達のビジョンに、少しでも貢献できればと思います。このサービスが世の中に浸透し、怪我を未然に防げたという実際の声が聞けるのを楽しみにしています。

伊藤:シンプルに、テクノロジーとしてとても面白い取り組みで、モチベーション高くサポートさせていただいています。医学やヘルスケア領域に、我々SSAPが関わり形になることで、「自分でもできるかもしれない」と一歩を踏み出すお医者様が増えてほしい。中島さんがその先駆者となることに期待しています!

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次回は、文庫本がマッチ箱にサイズダウン!小型化の経緯や実証実験など、プロトタイピングの詳細をお伝えします。

Sony Acceleration Platformは、新たな価値を創造し豊かで持続可能な社会を創出することを目的に2014年にソニー社内の新規事業促進プログラムとしてスタートし、2018年10月からは社外にもサービス提供を開始。ソニーが培ってきた事業開発のノウハウや経験豊富なアクセラレーターによる伴走支援により、760件以上の支援を25業種の企業へ提供。
新規事業支援だけでなく、経営改善、事業開発、組織開発、人材開発、結合促進まで幅広い事業開発における課題解決を行ううえで、ソニーとともに課題解決に挑む「ソリューションパートナー企業」のネットワーク拡充と、それによる提供ソリューションの拡充を目指します。(※ 2024年10月末時点)

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