2023年10月にクラウドファンディングが開始された、カシオ計算機株式会社(以下、カシオ)が手掛ける、ギターのストラップに装着してエフェクターを操作できる新感覚のエフェクトコントローラー「DIMENSION TRIPPER(ディメンショントリッパー)」。
Sony Startup Acceleration Program(SSAP)はDIMENSION TRIPPERの開発にあたり、これまでのノウハウや知見をベースに、顧客価値創出を目的とした開発の支援を行いました。カシオから新たな製品が生まれた背景は?クラウドファンディング実施に至るストーリーとは?カシオが挑む新たな取り組みの軌跡をご紹介します。
ターゲットは「ライブステージで演奏するギタリスト」
――藤井さん、小林さん、榊原さん、佐藤さんのプロジェクトでの役割、またこれまでのキャリアを簡単に教えてください。
藤井さん:私はDIMENSION TRIPPERの発案者であり、プロジェクトでは仕様設計と回路設計を担当しています。DIMENSION TRIPPERはカシオ内のエンジニア育成プログラム「Idea Booster Program」から生まれた第1号の製品です。
これまでのキャリアとしては、カシオに入社してからデジタルカメラ、電子楽器、新規製品などの回路設計を担当してきました。
小林さん:プロジェクトではメカ設計、SNS運用、ホームページ作成を担当しています。私はもともと藤井さんと同じタイミングで、別のテーマでIdea Booster Programに応募していたのですが、プログラムの選考の途中で落選してしまいました。しかし彼のアイデアであるDIMENSION TRIPPERのプロジェクトがちょうどメカ設計担当を募集していることを知り、途中からメンバー入りました。
カシオ入社以来、デジタルカメラや電子楽器のメカ設計を担当してきました。
榊原さん:普段は別の業務を進めながら、兼務という形で藤井さん・小林さんのサポートを行っています。DIMENSION TRIPPERの初期の試作機を体験させてもらい、いちギタープレイヤーとして非常に興味を惹かれたため、メンバーとして途中加入させていただきました。これまではカシオで、電子辞書をはじめとした教育系デバイスのソフトウェア開発を行ってきました。
佐藤さん:私は、品質面のサポートメンバーとして、DIMENSION TRIPPERに携わっています。入社以来、電子辞書・関数電卓など量産製品の品質保証を担当してきましたが、これまでカシオにない新ジャンルの製品を立ち上げる経験をしたく、本プロジェクトへ参画しました。
――DIMENSION TRIPPERのプロジェクトには、SSAPはどのような体制で支援しましたか?
塚谷:カシオさんには2020年頃からマーケティング視点による開発の支援を提供させていただいています。支援内容としては主に2軸で、1つがカシオ内のエンジニア育成プログラム「Idea Booster Program」の事務局向けに企画・運営面でのサポート。もう1つがプログラム参加者に向けた顧客価値創出のサポートで、DIMENSION TRIPPERのプロジェクトへの支援もこれに含まれます。プロジェクトに対しては顧客価値創出の蓋然性を上げるための支援を私が、品質保証の観点からの支援を今井が担当しました。
――改めて、DIMENSION TRIPPERとはどのような製品ですか?
藤井さん:DIMENSION TRIPPERは、ギターストラップに装着して、ギターの音を変化させるエフェクターを操作できる新感覚のエフェクトコントローラーです。ライブステージで演奏するギタリストがターゲットです。
ライブ演奏時にギタリストが足で操作する「エフェクター」と呼ばれる機材は、ギター演奏に彩りを与えてくれます。一方で設置場所でしか演奏できないという制約もありますので、ステージ上を自由に動き回りたいというパフォーマーギタリストのニーズ対しては障害になります。DIMENSION TRIPPERでは無線によるエフェクターのコントロールが実現できるため、場所の制約なしにサウンドのキャラクターを変化させることができます。
「いつか、ギターに関連した製品を作りたい」
――アイデアが生まれたきっかけは?
藤井さん:私はカシオで鍵盤楽器の設計などに携わっていましたが、プライベートではギターの演奏が趣味です。そのため「いつかギターに関連した製品を作りたい」という想いを持っていました。ただ、ギターのトラディショナルな形は大切にしたいという気持ちもあったので、既存機能に+αの価値を加えられるようなものが無いかと考えたとき「ギター本体でなくストラップに、カシオのエレクトロニクス技術を搭載できないか」と閃きました。その上で、ギターの演奏にフィットする操作性を加味し、現在のコンセプトに至りました。
――DIMENSION TRIPPERは2023年10月よりクラウドファンディングを実施しています。実施に至った背景や狙いは?
藤井さん:10月12日(木)から12月31日(日)までの期間で支援募集を行っており、支援いただいた方々にはリターンとしてDIMENSION TRIPPERの製品セットをお届けします。DIMENSION TRIPPERのテストマーケティングを実施することがクラウドファンディングの一番の狙いです。実際に対価を払い製品を買ってくれる方々がどれくらいらっしゃるかという指標が、客観的に市場価値を示してくれると思っています。
――まさに今クラウドファンディング実施中とのこと、世の中の反応が楽しみですね!クラウドファンディングに至るまで、工夫した点がございましたら教えてください。
藤井さん:製品仕様はMVP(Minimum Viable Product)を何度も作成し、実際にプロトタイプを多くのギタリストに試奏してもらい生の意見を反映させながら決定しました。しかし、ギタリストの方々とのディスカッションを通じて分かったのは、ギタリストのスタイルは十人十色だということ。ターゲットとしている「ライブ演奏するギタリスト」の方々からの要望をひとつの仕様に落とし込むことは難しく、頭を悩ませました。
ただ、やはりギタリストの方々は皆ギターが大好きだということもよくわかりました。プロトタイプを試奏しているときは新しいおもちゃに目を輝かせる少年少女のようで、ディスカッションは盛り上がることが多かったです。製品の可能性についてもポジティブな意見やプロジェクトに対する応援のお言葉をいただくことが多く、とても楽しい時間でした。
小林さん:メカ設計担当は私1人ですが、自分の知識だけで解決できない問題が出てきたときは、すぐに部署の先輩など周囲の方にアドバイスを求めることを意識しました。カシオは幅広い品目を扱っているだけあり、設計のエキスパートが沢山いて、皆快く協力してくれます。また、品質面では品質保証部門(佐藤さん)にサポートしてもらっています。そうやって多くの社員の協力があり、スピード感をもって、使い勝手の良さや安全性、堅牢性を備えた製品を実現できました。
榊原さん:小林さんと同じく周りの方々にサポートいただいたことへの感謝はもちろんなのですが、私自身は先輩である藤井さん、小林さんからも多くのことを勉強させていただきました。
またDIMENSION TRIPPERはギター本体とエフェクターと一緒に使う製品なので、できるだけ多くの機材に対応できるよう、楽器店や雑誌、ECサイト、SNS等を使って入念に機材のリサーチを行い、改めてギターの機材の多様さに驚かされました。
クラウドファンディングのノウハウ活用でショートカット
――今回DIMENSION TRIPPERのクラウドファンディング実施に際してSSAPも一部支援させていただきました。塚谷さん・今井さんは、アクセラレーターとしてどのような支援を行いましたか?
塚谷:私はIdea Booster ProgramからDIMENSION TRIPPERのアイデアが生まれプロジェクトが発足したタイミングから伴走支援という形で、顧客・商品の具体化やビジネスモデル構築に加え、社内向けの承認プレゼンの準備・練習やメンタリングなどを実施しました。
今井:私はDIMENSION TRIPPERのクラウドファンディングに向けて、品質保証業務のアドバイザリー支援を実施しました。カシオさんは歴史あるメーカーなので品質の知識や実力があります。一方でクラウドファンディングは初めての試みだったので、SSAPでの実践をベースにしたノウハウをお伝えしながらスピード感をもってプロジェクトを進めるための品質アドバイザリー支援を提供させていただきました。
――SSAPの支援で役立った点はございますか?
藤井さん:プロジェクト開始当時の2020年頃、私は完全にエンジニア脳で、技術を起点に製品を考えていました。しかし、SSAPの塚谷さんをはじめとする皆さんが提供してくださったビジネスモデル構築トレーニングなどを含むカリキュラムを通じて「技術が優れているからと言ってユーザーに受け入れてもらえるわけではない」ことを痛感しました。
佐藤さん:私は主に品質面で支援を受けましたが、SSAPの支援で役立ったのは”クラウドファンディングにおける品質の考え方”です。カシオにはB to C製品、B to B製品共に量産製品の品質に関するノウハウや経験はあります。しかし、今回のDIMENSION TRIPPERはカシオで初の試みであるクラウドファンディングを利用します。どのようにクラウドファンディング製品を考えるのかがプロジェクト開始時の品質面での最大の課題でした。まずは、品質サポートチームでカシオの量産製品での考え方を基にDIMENSION TRIPPERの品質基準の策定などを行いました。その後、クラウドファンディング製品の品質ノウハウをお持ちのSSAPの皆さんにSSAP発の製品での実例を伺いながら、クラウドファンディング製品の考え方をレクチャーして頂き、過不足ない形でDIMENSION TRIPPERの品質保証体制を整えていきました。この一連の流れのおかげでDIMENSION TRIPPERのコアとなるレイテンシ(※)、強度、耐久性などの機能に対し、量産製品と同等の厳しい規格を設定しつつもスピーディーに製品開発ができたと思っています。
DIMENSION TRIPPERが、音楽業界に新しいエネルギーをもたらす
――支援の過程で工夫したポイント、こだわったポイントは?
塚谷:私は、ソニー内の新規事業のプロジェクトメンバーとしてプロジェクトマネジメントを行った事業経験に加え、SSAPのアクセラレーターとしてさまざまな企業の新規事業を支援させていただいた両方の経験があります。前者の経験はまさに今のDIMENSION TRIPPERプロジェクトの藤井さん・小林さん・榊原さんと似た状況で、その時にどんな課題がありどう対処したかを先回りして実例と共にお伝えするようにしていました。
またモチベーション維持の観点では、今回のようなプロジェクトでは周囲からのプレッシャーやさまざまな声に悩まされることが多いです。そこで、皆さんが自信を失うことが無いよう、定期的なメンタリングを通じてプロジェクトのビジョンや想いを再確認したり、落ち込んでいる時には前向きなフィードバックを行ったりすることを心がけていました。
今井: SSAPでは約10年前にIoTブロック「MESH」や最近ではウェアラブルサーモデバイスキット「REON POCKET」など、さまざまな商品をクラウドファンディングに出した実績があるので、その実例をご紹介しました。
また、クラウドファンディング製品における品質保証の「マインドセット」もご紹介しました。カシオさんは既に高い基準の品質保証の実力をお持ちなので、考え方を切り替えるだけで前進する部分も多いと考えたのです。メーカーの既存事業における品質保証の役割と言えば、一般的には丁寧に項目を評価し不備があれば指摘し改善を促すことです。しかし今回の場合は、商品を出すためにどうすれば良いか、プロジェクトメンバーと一丸となって、知恵を互いに出し合うマインドセットが必要です。
――今後のDIMENSION TRIPPERの展開にかける想いを教えてください!
藤井さん:DIMENSION TRIPPERの登場が楽器業界や音楽業界に新しいエネルギーを注入してくれることを期待しています。アコースティックギターしか存在しなかった世界にエレキトリックギターが登場してロックミュージックを勃興させたような「音楽の変化」を実現してくれればと思います。
小林さん:今後DIMENSION TRIPPERでどんな音楽や演奏が生まれるのだろうかということが一番期待することです。こういった楽器系のプロダクトは、一部のユーザーは我々の想像を超える使い方をしてくれるのではと考えています。そういった演奏からユーザーの新たなインサイトや、アイデアのインスピレーションをもらえることを期待しています。そうして第二第三のDIMENSION TRIPPERを生み出し、新技術による新しい音楽の発展にさらに貢献できたら、音楽愛好家兼製品開発者として冥利につきます。
榊原さん:これまでも展示会でDIMENSION TRIPPERを沢山の方に体験していただきましたが、自分が携わった製品を笑顔で使っていただけているのを見ると、心から嬉しく思います。DIMENSION TRIPPERをきっかけに、初心者から上級者、国内外のプレイヤーまで、たくさんの人にギターの新たな楽しさを発見していただけると、開発者としてもギタープレイヤーとしても非常に光栄です。
塚谷:DIMENSION TRIPPERを、できるだけ多くの方々に使ってほしいと思っています。商品の仕様を決める過程で多くのミュージシャンにご協力いただき、「素晴らしい」「ぜひ使いたい」と言う声をたくさんいただきました。将来的に、プロミュージシャンが当たり前に使う製品になれば嬉しいですし、また少し機能を変えて、アマチュアの人でも使えるようになれば可能性はぐっと広がると思っています。
今井:DIMENSION TRIPPERが今後、ユーザーの方々からどんな反応を得て、どういったビジョンで展開していくのかを楽しみにしていますし、カシオさん内で事業として認められて欲しいです。
また、カシオさん内でDIMENSION TRIPPERのようなアイデアを生み出す風土が整備されていくことも、同時に楽しみにしています。
※本記事の内容は2023年12月時点のものです。